★エアーズロック登山

登山口(7:16)→クサリ場終点(7:38)→展望地(7:50)→エアーズロック山頂(8:02-8:17)→クサリ場終点(8:37)→登山口(8:50)

 4時半にモーニングコールが鳴った。防寒着と手袋を持って、ホテルのフロントでザック、朝食のおにぎりセット、水を受け取る。東の空にモーニングスターが明るく輝いている。真っ暗な中、バスは3箇所のホテルを回って日本からの観光客を乗せる。新婚さんや若い女性2人でのツアーが多い。

 バスはエアーズロック東に回り込み日の出会場で停まる。路肩にはたくさんのバスや自家用車が並び、日の出を待つ。普通は太陽の出る方向を見るのだが、ここでは陽を背に、エアーズロックを見る。朝日で赤く染まるエアーズロックを見るためだ。

 折り畳みイスを道路脇に並べて、おにぎりとインスタントみそ汁の朝食。コーヒー付き。おにぎりが出るということは、日本人が多いということだ。確かに、バスの多くは日本からのツアー客。気温は12度と寒いので、薄手のダウンを着込んだ。日の出は6時37分。

 広大な原野から陽が登り岩山が真っ赤に染まった。リゾート辺りでは全く風が無かったが、エアーズロック近くまで来ると風が強い。強風で登山禁止になる時が多いようだが、今日は幸運にもゲートが開いた。すでにアリの列が続いている。登山口はエアーズロックの南西にあり、朝日は当たっていない。

 開いたフェンスの扉を抜けた。ガイドさんの解説によると、コース片道の距離は約1.6km。登山口から約100mの所からクサリが600m設置されており、クサリ場の最大斜度は48度。登山口からは600m先のクサリ場終点がはるか上の方に見える。「クサリ終点から先は適度なアップダウンで、クサリのあるところまで行ければ後はクサリ頼りに登れるから大丈夫です。」とガイドさん。

 いよいよ登りにかかる。風に備えて帽子はザックへ。滑り止めの手袋はすぐ取り出せるようにした。赤い岩は近くで見ると、ザラザラの赤茶色の砂岩。表面が薄く欠けてウロコ状になっている。乾いていれば滑ることはない。クサリ手前で左側からの強烈な風に見舞われた。姿勢を低くしてクサリへ到着。岩に打ち込まれた金属ポールに太いクサリが繋がれ、はるか上部まで続いている。

 登山者が列をなす。登りは左側通行。クサリはかなり低く垂れ下がり、クサリを掴んで腰をかがめて歩くため、これがきつい。素手でも問題ないため、手袋は使わなかった。斜度は急緩、多少変化があるが、常時急坂である。おそらくクサリ場中間から上部にかけてが最大斜度であろう。風は吹き続け、時折、とんでもない突風が吹く。皆、クサリにつかまって固まっている。

 ぐんぐんと高度を稼ぐ。風や視界を遮る物が何もない1枚岩だ。下方の駐車場にはバスが並んでいる。他には何もない。大平原が丸い地平線まで続く。ここで転落したら、確実に登山口まで落ちる。高所恐怖症でなくても足がすくむ。クサリを離れて座り込んでいる人が増えてきた。クサリを登る人のスピードも落ちてきた。

 突風の合間を見て、クサリから離れ写真を撮った。強風で片膝立てて対風姿勢。それでも飛ばされそうで、四つんばいでクサリまで戻る。クサリの付近は多くの登山者が登るため、岩がかなりつるつるになって滑りやすい。ハイキングシューズなら問題はないが、ゴム底のスニーカーは滑りやすいようだ。

 クサリは多少、右に向きを変えながら、ほぼ一直線に岩山の肩を目指す。強い風で汗はあまりかかないが、空気が乾燥しているため喉がからからになる。水を飲むのは後回し。とにかく登り切ろう。ここの下りはかなり怖そうだ。

 ここを登る人の大半は山登りの初心者であろう。この急斜面と強風で、一歩間違えば死亡事故になる。後で調べてみると、毎年何人かが転落や心臓麻痺で死亡している。現地のガイドさんからは登山の注意事項の説明はしっかりあったが、事故の話しは全く無かった。観光客に恐怖心を与えないような配慮かもしれない。いずれにしろ、登山は自己責任。日本ではとても考えられない危険な観光地だ。オーストラリアのアドベンチャーは実に豪快である。

 クサリ場終点近くの高度感はスリルを通り越して恐怖を感じる。クサリ場を登り切って岩に囲まれた窪地に到着。振り返ると、バスは小さくなり、木々に囲まれた宿泊地であるリゾートが遠くに見えた。大勢の人が座り込んでいる。ここで撤退する人は多いようだ。

 ここまでの距離は約1/3程度であるが標高ではおそらく2/3を登り切っている。水を飲むのも忘れて、次々に登ってくる登山者に追い立てられるように、右側の痩せ尾根をよじ登る。この先、クサリはない。センターラインのように白い点線がルートを示している。まずは窪地の縁の細い岩尾根を伝っていく。あいかわらず風はきつく、狭い岩尾根はかがんで歩くわけにもいかない。風の合間を見て、一気に通過する。

 先ほどの斜面とは全く様相が変わり、凹凸のある岩の上を歩く。左前方から太陽が顔を出した。長い影が赤い岩の上に伸びる。フィールドアスレチックをしているように軽快に歩く。すれ違う下山者から「ハロー」「グッド・ラック」の挨拶に答える。

 やがて、前方が大きく開けた場所に出る。朝日に染まった赤い丸味を帯びた崖、谷を隔てて巨大な岩尾根、そしてその向こうに広がる大平原を見たとき、改めてここが日本でないことを実感。気持ちのいい風の中、岩壁に立つと、「風の谷のナウシカ」の一場面が重なった。

 ここから左に折れ、はるか先で右方向に伸びる尾根の先の山頂を目指す。尾根の上の人が小さく見える。この辺りは長い年月の間に、風雨により浸食された大小の溝ができており、この溝を横切っていく。溝は雨樋のようにU字状にえぐられている。小さな溝は下る勢いで反対斜面を駆け上がる。大きな溝は手足をかける場所を見つけながら三点指示で通過する。登りに手間取っていると、下りの外人男性が上から手を差し伸べてくれた。「カモン」「サンキュー」 まるで子供のように持ち上げられた。

 逆光の中、人の列が続く。なだらかな岩の上を歩き、前方に方位版と人の群。山頂である。山頂といってもピークがあるわけではない。多少の凹凸でここが一番高いところなのだろう。360度、大展望。登ってきた方向に、昨日訪れたマウント・オルガが小さく見える。遠くに1つ、2つ、山が見えたが、後は潅木の砂漠地帯。人工物は何も見えない。方位盤から先へはロープで侵入禁止となっている。

 日本の山頂と同じように、方位盤の前で他の日本人と交代で写真を撮りあった。この雄大な景色と赤い岩山歩きができたことに、この旅に来てよかったと思った。何も言うことはない。山頂に座り込んで、マウント・オルガを眺めながら、丸かじりした小さなリンゴがたいへん美味しかった。

 時間は十分にあったが、下りで時間がかかるかもしれないため山頂を後にした。次々に登ってくる登山者とすれ違いながら、一気にクサリ場上部に到着。ここからの下りを心配したが、風も幾分弱くなり、思ったよりも簡単に下ることが出来た。

 集合時間まで1時間ほどあったため、登山口からエアーズロックの周遊コースを時計回りに1kmほど歩いてみた。周辺には洞窟の壁画や奇妙な形の岩、垂直に立つ岩壁、池、色とりどりの草花などが見られ、退屈しない。できれば、9.4kmの周遊コースを2時間半ほどかけて一周したいと思ったが、残念ながら時間がない。長い直線の尾根を歩く登山者を見上げながらバスまで戻った。

 バスの前で待ちかまえていたガイドさんから「エアーズロック登頂証明書」をいただいた。証人としてガイドさんと運転手さんのサインがしてある。なかなかの演出に感謝。また、冷たいおしぼりと麦茶のサービスがうれしい。全員揃ったところでエアーズロックを後にバスでホテルまで送ってもらいガイドさんと別れた。

 感無量、大満足。はるか遠方まで来た甲斐があった。この感動の中で、一番に感じたのは、エアーズロックもすばらしいが、木々の緑に覆われた日本の山は世界で一番美しいということ。何でもない近くの里山でも有機的な潤いのある暖かさはすばらしい。日本の山を見つめ直すいい機会となった。

 午後、シドニー行きの飛行機の窓からエアーズロックに手を振った。赤い一枚岩が美しい地球の1つのラウンドマークとして永遠に残ることを願いながら・・・。
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