猪臥山 (1519m 飛騨市) 2005.4.16 晴れ 2人
採石場事務所前・駐車地点(9:19)→小鳥峠(10:38)→展望のいい尾根(11:27)→トイレのある広場(12:40-12:49)→猪臥山山頂(12:57-14:13)→小鳥峠(15:15)→駐車地点(16:09)
山の名前だけを聞いて登ってみたいと思わせる山がいくつかある。猪臥山もその1つ。「いぶしやま」とも「いのぶしやま」とも呼ばれるこの山は、麓に生活している人々が猪がふせたような山容を想像したことから名付けられたものであろう。
飛騨のど真ん中に雄大に横たわるこの山の真下を、近年、卯の花街道と呼ばれる大規模林道が通り、長い猪臥山トンネルが貫通した。このため、東海北陸自動車道清見ICを降りて短時間で古川町へ抜けることができる。
この山の西側にはかつては多くの人々が行き来をした古川町と清見村をつなぐ峠道があり、その峠は小鳥峠と呼ばれる。この小鳥峠から猪臥山山頂直下までの尾根伝いに林道が走り、車を使えば無雪期には誰もが簡単に山頂に立てる。そこからの360度の大展望は筆舌に尽くしがたい。しかしながら、この大自然の中の標高1500mの展望地を知る人は少ない。我々も今回、猪臥山の山頂を極めるまでは、こんな場所があることすら想像もしなっかた。名前に惹かれて訪れたこの山は春の日差しにまだ目を覚ますこともなく、雪に埋もれて眠る猪のごとく我々を迎えてくれた。
小鳥峠から山頂までは1時間半もあれば歩けるだろうと、ゆっくりと家を出た。東海北陸自動車道を北上。郡上辺りは桜が満開。山の中に点々と咲く白いタムシバも美しい。高鷲ICを過ぎた辺りから周辺に雪が目立ち始めた。朝日に輝く白い大日ヶ岳が美しい。1時間ちょっとで1ヶ月以上の季節を逆戻りした気分である。
終点の清見ICを降りる。現在、中部縦貫道がこの先へ続いており、高山へはより一層速く到着できるようになった。ICを降りて小鳥ダム方面への分岐を通過。ここを左折すれば小鳥峠に南側から登れるが、今回は古川町側から登ることとし、神岡の標識に従って左折。卯の花街道に入る。
長い長い猪臥山トンネルを抜け、しばらく下って飛騨古川いぶし道の駅のトイレに寄った。朝市の準備をしている地元の方に小鳥峠まで車で行くことができるか聞いてみると、積雪のため車での侵入は不可とのこと。こんなこともあろうかと、近くのスペアーの山の地図を用意してきた。さて、どこにしようか。道の駅の駐車場の片隅には「山に生きる」と題して、木材を引く人の像が置かれている。その向こうに、朝日に輝く真っ白な山が見えた。まぎれもなく猪臥山である。穏やかな山容は我々を呼んでいるようにも思えた。
とりあえず、畦畑の集落まで下りて林道の様子を見ることにした。道の駅を後に少し下って、卯の花街道から左に折り返すように曲がり、神社を右手の橋を渡って田園の中を小鳥峠目指して登っていく。雪はない。集落の最上部の建物である採石場の事務所から道は林の中に入るが、この入口の橋の先から道はしっかりと厚い雪に覆われていた。
橋の手前の広い路肩に車を停めて地図を確認。峠までは1時間ほどで登れそうな距離なので、ここから歩くことにして、靴を履き替えた。雪解け水が勢いよく流れる畦畑川を見下ろしながら、橋を渡って雪道に入る。林道も雪解け水の通り道となっており、雪が消えたアスファルトの上は川になり、また水で雪の下部が溶けており、踏み抜いて足を取られる。道の中央の盛り上がったところのほうが安定しており、ツボ足で歩く。
古いトレースがかすかに残っている。先週の足跡であろうか。薄暗い植林を抜け、スリットの付いた大きな堰堤を右に再び橋を渡って植林の中を登っていく。地図を見ながら何度も位置を確認。いいピッチで登っていると思った。深いカーブはショートカットしたが、「急がば回れ」といったところもしばしば。雪が解けた地面からたくさんのフキノトウが頭を出していた。既に花を咲かせているものが多い。雪が無くなれば、待ってましたとばかりにすぐに花を咲かせるようだ。
大きな砂防堰堤はいくつかあり、前方の山にガードレールが折り返しながら続いているのが見えた。大きなカーブを回り込んで、堰堤を下に見る頃、すっきりと伐採された場所に出る。法面には雪で押しつぶされて花茎を伸ばすことなく花を咲かせたショウジョウバカマが見られた。また、サクラソウの仲間と思われる植物が葉を広げ始めている。後で調べて分かったことだが、この辺りはクリンソウの群生地で、おそらくこれらのたくさんの株はクリンソウのようだ。花期に訪れてみたい場所である。公園化されており、植栽されたワサビが花を付け始めていた。雪解け水の中ではネコノメソウが見られた。雪が解ければ一気に花の林道に変わるであろう。
地図で小鳥峠までは後少し思ったが、山では近いと思うと以外に遠く感じるものである。雪道もあまり沈み込むことはないが、それでもペースは落ちる。路肩の水の流れやガードレールの脇の雪がない部分を選んで歩いた。雪が溶けていないところはスプーンカットの残雪の上を歩く。いつのまにかトレースは消えて、動物の足跡があるばかり。峠までの最後の直線が長く感じた。
道の先が広がり、左手のカラマツの林の中に社が現れた。ようやく小鳥峠到着。山火事注意の看板と電気柵のある広い雪原は小鳥山牧場である。猪臥山への林道はここから左に入る。トレースはなく、雪に覆われているが林道であることは明瞭に分かる。真っ直ぐに伸びた大きな白樺林、真っ青な空を白い綿雲が流れる。この美しさに今までの単調な林道歩きの疲れが吹き飛ぶ。ここまで車で上がってくるつもりであっが、1時間20分も歩いた。準備運動にしては少し長い。
気分新たに、林道に入る。雪は深いところで1mはある。雪質はちょうど夏山の雪渓状態。それほど沈み込むことはないが、ここまでのツボ足歩きに疲れたので、ワカンを履いた。スリップすることもなく、実に歩きやすい。もっと前に履けばよかった。牧場の辺りには何本かのマンサクがあり、ちょうど咲き始めたところ。ネコヤナギも温かそうな芽を出していた。
カーブごとに地図をチェック。先は長い。カーブでショートカットしてみるが、急な斜面に緩んだ雪で簡単には登れない。周囲はスギ・ヒノキの人工林と天然林が混在しており、急傾斜のところもある。後方には北側の山が立ち上がってきた。
2つ目の大きなカーブをやり過ごすと前方が開けた。尾根である。東側の山々がすばらしい。遠くにはアルプスが見えるところだが、あいにくの花曇りではっきりしない。このカーブ内側に立派なヒメコマツが立っていた。この先、林道はなだらかになり、左に深い谷を見下ろしながら歩く。前方には北からせり上がってきた尾根上部につづら折れの林道が望めた。その右のピークが山頂のようだ。遠く感じた。
林道は南に緩やかに弧を描きながら前方の尾根へと向かっている。前方に山頂を見ながらの雄大な残雪トレッキングを満喫できる場所である。右斜面からは所々に落石が見られた。林道の雪庇は崩れかけ、露出した地面からはフキノトウが群をなす。この雪はおそらくゴールデンウィーク頃まであるのではないだろうか。2箇所ほど路肩が膨らんだ待避所と思われるところを通過。前方に見えていた尾根が近づき、山頂も近くなった。
尾根に突き当たり時計回りに大きくカーブして南に向きを変える。尾根の東側に出るので御嶽方面の展望を期待したが、やはり霞んで遠くは見えない。東前方の山にも林道が確認できた。時間は12時近い。尾根を回り込んで左山で歩く。右手に美しい雪山が連なる。真っ白な2つの山はまぎれもなく白山である。その南へ別山と続く。芽がふくらみ始めたブナの木々が美しい。前方には目指す猪臥山が我々を見下ろす。この辺りのマンサクの花はまだ開ききっていない。
まだまだカーブは続く。青い空と白い雲の下を白い山頂目指してひたすら歩く。腹も減って林道歩きとはいえさすがにバテてきた。ここでもカーブのたびに地図を見た。ようやく最後のカーブ。12時半には山頂に着けると思ったが、すでに12時25分。このカーブから直進して山頂まで行けそうであるが、バテていることもあり、チョコレートを食べながら林道を進んだ。
道は尾根を回り込んで右山で歩く。「上に鳥居が見えるよ」と、らくえぬ。何? 確か鳥居を潜って山頂に行くはず。もう一度地図を確認すると、林道はそのまま先へと延びており、先ほど前の山に見えた林道に繋がっているようだ。「しまった。山頂への道を見落とした。」と、思った。実は、未だに山頂への道が分からないままである。恐らく、このすぐ先で右に折り返すように駐車場への道があるようだ・・・?
完全に行き過ぎたと思い込んで、まずは右の急斜面をよじ登って鳥居にたどり着くことを考えたが、この案は2・3歩踏み込んで雪と共に崩れ落ちた。しかたがないので、登れそうな場所を探しながら引き返したが、結局、先ほどの最後のカーブまで戻ってしまった。思い込みは恐ろしいもの。このカーブがやや広かったので、ここが駐車場で、この辺りから山道が山頂まで上がっていると決め込んだ。
カーブを突っ切って斜面をよじ登った。前方に小屋が見えた。石の垣根を乗り越えて広場へ。実はここが駐車場なのであるが、勝手に下のカーブを駐車場と決め込んだので、この時ここは単なる広場だと思っていた。広場の南東には鳥居があり山の神と書かれた石碑があった。下から見えた小屋はトイレ。西には白山と先ほど歩いてきた小鳥山牧場が見えた。真っ白な山頂には木柱が青空に映えている。
広場でトイレ休憩して、最後の登りにかかる。鳥居の上には大きな社が見える。鳥居を潜って社を目指す。社で手を合わせ、右に向きを変えて山頂への雪尾根を登った。南側が開けた。冷たい風が吹き抜ける。「着いた〜ぁ」 山頂は細長く、少し前までは雪庇ができていたようだ。この先には雪庇のブロックがまだ残っている。
ザックを下ろすのも忘れて、360度、ぐるりと見回す。あいかわらず白山・別山が美しい。南東の手前の山には大きなアンテナが立っている。その向こうに雪を抱いた山塊が美しい稜線を見せる。川上岳である。7kmの天空遊歩道が北に延び、なだらかな位山へと続く。東海北陸自動車道が見下ろせる。走っている車がキラキラと輝いていた。(周囲の山の展望と花)
簡単にたどり着けると思っていた山頂へは、思いも寄らぬ時間がかかった。それだけに、今回は達成感がいつもより大きかった。2人だけの山頂で、猪臥山頂と書かれた木柱を前にセルフタイマーを切った。
ランチは風を避けるため、南斜面の日向に階段を作って腰掛けた。無風の日溜まりで、卵雑炊を作り始めた。そこへ2人の熟年男性が到着。峠道通行不能で、今日は絶対に2人だけだと思っていただけにびっくり。思わず「下から登ってみえましたか?」とあたりまえのことを尋ねてしまった。富山県の方々で、富山の山はほとんど登っておられ、県境である飛騨方面の山にも登られてみえるようだ。ここへは車で2時間の距離。なるほど、北側に見える山並みは富山県境の山である。
「なぜ途中で引き返したのか?」と聞かれた。先ほどの駐車場下のトレースのことだった。2人は我々の引き返した地点からさらに先に進み、鳥居のところに登ったとのこと。彼らも行き過ぎて急斜面を登って来たと思ったが、今から思えば正規の道を登ってみえたようだ。
食事をしながら山談義。ふと気が付くと、前方に薄っらとではあるが御嶽山が見えるではないか。その左には乗鞍も見える。言うことはない。ちぎれ雲が飛ぶ青空の下、春の日差しにパーコレーターから吹き上がる湯気が白く輝き、香ばしいコーヒーの香りを楽しみながら至福の時を味わった。
2時を回ったこともあり、一足先に山頂を出発。すっかり緩んだ雪をワカンで跳ね上げながら、すばらしい展望を楽しんで下った。林道カーブではシリセード。オーバーズボンを履いていなかったので悲惨な状態に。下りは速い。一気に牧場まで下り、峠から林道へ。なんと、峠からはスキーやスノーシューのトレースがあった。最後のスノートレッキングに峠まで登ってきたグループがあったようだ。
林道途中の雪が途切れているところでワカンを外した。午後のオレンジ色の陽を浴びながらのんびりと峠道を下った。2時間弱で下山。靴を履き替えて、飛騨古川いぶし道の駅まで戻る。道の駅の裏には「いぶし銀命水」と呼ばれる名水が汲める。この水が美味しかった。
道の駅からは今登ってきた猪臥山が西日を受けて輝いている。夏には、車で簡単に山頂まで行けるが、雪の時期には人の来ない静かな山となる。もっと雪の多い時期に登ってもいいと思った。スノーシューやスキーのトレッキングにも向いている。この360度の大展望をぜひお試しいただきたい飛騨の名山である。
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