観音山の案内図


トレースマップはカシミール3Dで作成
*この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用しています。(承認番号 平21業使、第478号) 

観音山 (803m 飛騨市) 2010.5.2 晴れ 2人

登山口駐車場(6:10)→十二番観音・ヒメコマツの大木(6:48)→鉄塔(6:50)→十八番観音堂(6:57)→林道終点(7:02)→アンテナ施設(7:11)→観音山山頂(7:15-7:24)→十八番観音堂(7:38)→鉄塔(7:48)→立達磨(8:01)→三十二番観音堂(8:06)→登山口駐車場(8:19)

 昨年の5月の連休に飛騨市神岡の山之村にある天蓋山に登るため登山口まで出かけたが、天気予報が外れて雨。登山をあきらめて、山之村を散策したとき、地元の方から春の天蓋山のすばらしさを聞くことができた。秋の天蓋山は登ったことがあるが、春の天蓋山も体験してみたい。今年の連休の山をいろいろ迷ったが、昨年のリベンジとして天蓋山に決まった。
 
 前日に飛騨市に入り車内泊。前夜泊すれば天蓋山だけでは時間に余裕が出る。そこで、天蓋山の準備運動として、神岡の町の南にある観音山に登ることにした。観音山は、麓の洞雲寺の霊場として山中に33体の観音様があり、遊歩道が整備されている。また、観音山山頂には県の史跡に指定された傘松城跡がある。コースタイムは登り1時間程度。早朝に登山口を目指す。

 神岡の道の駅「宙ドーム」のトイレに寄って、道の駅のすぐ東にある信号交差点を右折。道なりに下っていくと高原川にかかる神岡大橋を渡って信号に突き当たる。ここを右折して100mほど走ると神岡鉄道の下を潜る狭い道が左に現れる。手前には観音山のマップや傘松城跡の標示などがある。満開の桜の下、この高架下を潜ると登山口があった。駐車場は左の草付きの空き地で、常駐の車が3台停まっていた。小屋もある。朝6時、まだ周囲の民家は眠りについているように静かだ。露の降りた草の上で靴を履き替え、スタート。

 タチツボスミレやヤマブキを足元に、左に小さな谷川を見ながら階段を登ると一番観音がある建物が現われた。道は折り返すように右の斜面に上がり田園の縁を歩く。放棄された田にはたくさんのツクシが出ていた。スギ林に入るとミヤマカタバミの閉じた花がたくさんある。右手に舗装されたヘアピンカーブの林道とカーブミラー、墓地が見える。帰路、林道を歩いてここに戻るとはこの時思いもしなかった。
 
 小さな二番観音を見て、ショウジョウバカマの咲く人工林をトラバースしていくと「右へ三番、左へ四番」の標示がある。観音様は常に遊歩道に接しているわけではなく、三番のように少し外れたところにあるものもある。四番方向に歩くとマツの多い人工林の道となる。上方の尾根でギャーギャーと鳴き声が響く。見上げるとサルの群れが尾根を移動している。彼らもこんな早朝に人が登ってくるとは思っていなかったのだろう。

 暑くなったので尾根に出る手前で上着を脱ぐ。東から朝日が射す尾根に出ると四番観音があった。立派な木造のお堂に観音様が安置され、石版には短歌が彫られている。お堂の前で手を合わせて尾根を歩く。次の五番観音堂は石でできている。尾根の左下には神岡町の町並みが見下ろせ、タムシバの白い花が時折見られる。サルの鳴き声は下方から聞こえるようになった。6番観音堂の近くに黄色く塗られた鐘があったのでたたいてみると、乾いた大きな音が山中に響いた。サルを追い払うこともできそうだ。
 
 七番、八番、九番観音を通過。ササが現れ適度な斜面を登っていく。周囲の樹種はマツが多く、アカマツとヒメコマツが混生していることがこの山の最大の特徴である。松葉が道に積もって足にやさしい。ピークに登り詰めると十番、十一番が近い距離で並んでいる。ここから下り、鞍部に十二番観音。この観音堂の前にはすばらしいヒメコマツの巨木がある。幹が数本に分かれており、それは見事としか言いようがない。ここでも鐘を鳴らす。
 
 右方向に向きを変えてゆるやかに登る。左手には高圧線が見え、樹木の切れ間から重なる山並みと田園が望めた。石の十四番観音堂を過ぎると鉄塔下に出た。左右が切り開かれて、文句なしの展望地。ここには十五番、十六番観音が並んでおり、北側の尾根には次の鉄塔が立つ。下山時にこの鉄塔下を通過することになる。十七番観音の手前で鐘をたたき、鉄塔から5分ほど登ると「西国十八番札所」と書かれたひときわ大きな美しい化粧の観音堂が現れた。扉が閉ざされて観音様は見られないが、建物はすばらしい。ここから道が右へ下っており十九番に至る。十八番が最も標高の高い所にある観音堂である。

 観音堂の裏から石段の道が上がっており、観音山山頂へはここを登る。観音堂の遊歩道を外れて観音山山頂に向う道となるが、踏み跡はしっかりしている。小さなアップダウンを通過して5分ほど歩くと林道終点の広場に飛び出した。正面には一直線に伐採された尾根の先に白い建物が見える。尾根の右側にコンクリートブロックの階段があり、これを登る。左回りで尾根に出ると、道は結構な急斜面を真っ直ぐに上がっている。後方には山並みの向こうから笠ヶ岳の頭が見え始めた。

 満開のタムシバの木の下を登って、息を切らしながら建物に到着。建物は神岡テレビ放送中継所で、道は建物の左をさらに先のピークに向っている。4つほどのアンテナ施設を通過して天然林を登り詰めると、平らな空き地のような観音山山頂に着いた。南側の一部が切り開かれているが、木々に囲まれてほとんど展望はない。山頂から洞谷コースと常連寺コースが東西に下っていた。傘松城跡の木柱が立っており、かつて城があった。調べてみると鎌倉時代末期に吉田氏が築城したと言われている。山頂の木に山ねずみさんの作成したプレートがかかっていた。

 写真を撮って下山開始。笠ヶ岳のシルエットを見ながらアンテナ施設を後に登ってきた道を十八番観音まで戻った。ここから十九番方向に下る。この辺りもアカマツとヒメコマツが混生して美しい松林となっている。2種類の松の幹を対比して見ることができ、全く違う形状が面白い。掘れた道を次々と現れる観音様を見ながら下る。新しく建て替えられたばかりの観音堂もある。松葉の落ちた道はよく踏まれており歴史を感じさせる。

 十八番観音の分岐点から3分ほど下ると鉄塔の下に出た。北側には山裾に広がる集落が望めた。尾根を下っていくと突き当たりに二十七番観音。この観音堂の手前から左へ下っていくと、左前方に鉄塔が現れ、突き当たると二十八番観音堂。この観音堂には2体の観音様があり、左側の観音様は上半分が無かった。

 手を合わせて、引き返す。高圧線の向こうには今歩いてきた観音山が見える。左に下って右山で歩くと石の観音堂がある。これは番外の観音様らしい。すぐに舗装された林道に出て左に歩くと、林道がカーブするところに二十九番がある。地道に入り標示に従って右に下りると田園の一角に三十番。お堂の前の湿地にはショウブが茂り、その緑が眩しい。ここから倒木の多い谷を下り、作業小屋が建つ農道を下る。八重咲きのスイセンがきれいだ。

 車道に出ると石積みの上に巨大な石仏が立っている。立達磨と呼ばれる石造で、ここが三十一番。広場の桜が満開で美しい。車道を下ると、左へ三十二番の標示があり人工林を下る。道なりに下っていくと段々畑に出て大きな三十二番の建物の前に出た。事前に地図をよく見ていなかったが、三十三番はさらに先の集落の中にある洞雲寺にあることが後でわかった。
 
 三十二番からGPSで駐車場の方向を確認して、舗装された車道を山沿いに東へ歩いた。のどかな棚田の下に神岡の住宅街が広がる。道は林の中に入り次第に上り気味となり、駐車場方向ではないことに気付いた。GPSでは登りのトレースに近づいているのでそのまま歩く。カーブミラーのあるヘアピンカーブから山道に入ると登ってきた道に合流。二番観音の手前だった。一番観音堂から登山口に戻って、ほぼ2時間の山旅を終えた。
 
 観音堂を巡る山旅ができるのはこの山くらいだろう。展望地もあるし、何といってもアカマツとヒメコマツの混生林はすばらしい。天蓋山と組み合わせて登れる山でもある。また、雪の時期にも登って見たいと思った。
★観音山からの展望と花
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