涸沢 (約2300m 長野県) 2003.10.4〜5
1日目:晴れ後曇り一時あられ 2日目:晴れ 2人
【10月4日】
アカンダナ駐車場ゲート前(5:45)→ゲート開門(6:00)→アカンダナ駐車場バス発(6:10)→平湯バスターミナル・バス発(6:35)→上高地バス着(7:00)→河童橋(7:10)→明神(7:46-7:56)→徳沢(8:37-8:48)→横尾(9:39-10:01)→本谷橋(11:01-11:40)→涸沢ヒュッテ・テント場分岐点(13:14)→テント場(13:25)
【10月5日】
涸沢テント場(7:35)→屏風のコル(9:40)→奥又白谷(10:58-11:10)→新村橋(11:50)→徳沢(12:05-12:55)→明神(13:36-13:44)→上高地・河童橋(14:20)
<プロローグ>
今年の山歩きの目標として各シーズンに上高地へ行くこととした。3月の雪の上高地、5月の徳沢テント泊で蝶ヶ岳、8月の涸沢テント泊で北穂高岳〜涸沢岳、そして10月の紅葉シーズンは涸沢テント泊。秋のアルプスは初めて。目的は涸沢の紅葉であるが、それ以上に今回の山行に駆り立てられたものは、涸沢でのテント泊。この夏、薄いエアーマットを通して背中で感じた岩肌の感触の誘惑。聳える穂高連峰に囲まれて、カールの大地と一体になる感覚はあまりにも強烈な印象として忘れることができない。それをもう1度体験したい。
土日の天気予報は晴れマーク。金曜日の夜、いつもより遅い22時前に岐阜市を出発。安房トンネル料金所手前の駐車場に0時半頃到着し、車中泊。平湯の気温は3度。涸沢は氷点下間違いない。今年購入したエアーマットの上で4時間ほど熟睡した。
<1日目>
5時起床。おにぎりの朝食をとり、アカンダナ駐車場を目指す。この時期には平湯発・上高地行きの始発バスは6時半であり、混雑が予想されたので余裕を持って駐車場に向かった。5時45分、駐車場入り口から少し入ったところで開門を待つ車の列に並んだ。全く動かないので、この間に靴を履き、すぐバスに乗れる準備をした。
6時に列が動き出した。夏に工事をしていた自動料金ゲートが完成しており、料金は後払いとなっていた。1日500円。自動なら24時間入場可能でもいいと思ったが、いろいろと事情はあるのだろう。バス乗り場に近い所に車を止め、階段を下る。ちょうどバスが到着したところであり、ほとんどの乗客は登山者。夏はここで乗車券を購入したが、今回はシャトルバスとなっており、平湯で一旦下車して切符を買う。切符の購入も2台の自動販売機になっており、機械の前には人の列。往復1人1800円。千円札がうまく入らないようで、皆さん苦労して切符を買ってみえた。一度に往復を2枚以上買えるが、切符が1づつ出てくるため、あわてて切符を取り忘れる人もいた。
再び上高地行きのバスに乗り込む。大きな荷物は中央の扉からバスの中央に積み上げられる。我々のザックは下の方に埋まった。釜トンネルを抜けると、いつものように大きな焼岳の出迎え。穂高連峰もきれいに見える。紅葉にはまだ早いが、上高地は大勢の観光客や登山客で夏以上に賑わっていた。作ってきた登山届けを提出して、河童橋を目指す。
涸沢までテントを詰め込んだ大きなザックでの歩きは2ヶ月前に経験しているので、ペース配分は掴めており、気が楽だ。どこまでも続く登山者の列に、涸沢の収容能力以上ではないかと心配になった。それにしても、我々同様、みんな生き生きして軽快に歩いているのがおもしろい。明神岳の上の青空に鱗雲が出ていた。雨の前の雲であり、ちょっといやな予感。
明神・徳沢と小休止し、横尾で水を補給して、本谷橋を目指す。大迫力で迫る屏風岩の一部の木々は紅葉しはじめてきれいだ。マイズルソウの赤い実を見ながら、本谷橋へ。急ぐ人のために橋の右へ道がつけられ、川を渡れるようになっていたのにはびっくり。いつものようにここで昼食。今回は夏よりも出発時間が遅いため、おにぎり、パン、それにシェラカップでマグヌードルを作った。いつの間にか曇った空から、パラパラと小雨が落ちてきた。山の天気は分からない。
手短に昼食を済ませ、本格的な登りに気合いを入れた。再び雨が落ちてきたので、ザックの外につけたシャツを中に入れたが、ザックカバーや雨具を出すほどでもない。雨はすぐにやんだ。登山者の列はおそらく上高地から涸沢まで続いているのではないかと思うほど。前後のパーティーに抜きつ抜かれつ高度をかせぐ。夏に花を咲かせていたオガラバナの葉は黄色く色づき始めている。前方の穂高の上部は灰色の雲に隠れ、今にも雨が降り出しそう。
押し出しをいくつも渡り、赤く色づき始めたナナカマドをくぐる。ヘリコプターのホバリングする音が聞こえたかと思うと、涸沢ヒュッテとテント場の分岐点に到着。夏にあった雪渓はすっかり消えている。今回は、テント場への石の階段を登った。ぱらぱらという音に雨かと思ったところ、なんとあられが降ってきた。紅葉のナナカマドの道を抜けるとテント場の中央を登る道に出た。かなりテントが張られているが、まだスペースは十分ある。とりあえず、受付に近い場所を確保。夏に張った場所とは10mほどの距離。雨が心配されたので、急いでテントを張る。
テント受付小屋の前には十数名の列ができており、受付とテント設営に役割分担。(1人1泊500円) 風下の谷側を入り口にしてテントにポールを通していると、強風が吹き、あられが激しく降り始めた。吹き飛ばされそうなテントの四隅をあわててペグと石で固定し、凍える手でタープを張った。見る見るうちにベンチレーターのくぼみにあられが溜まっていく。風でテントの位置がずれ、大きな石にテントの縁がかかってしまったが、まあ、十分寝れるから問題はないかと、急いで荷物をテントの中に放り込んだ。
マットを敷いて、一息。寝ころんでみる。2ヶ月前に初めて体験した石の感覚が再びよみがえった。昨日の睡眠不足もあり、一眠りしようかと思ったが、あられも止んだようなので、ナナカマドの紅葉を見に涸沢小屋近くまで登ってみた。不思議なことに、見事に色づいたものもあれば、全く紅葉していないもの、既に枯れ始めたものなどが混在していた。花の終わったチングルマもきれいだ。カールの雪渓は夏に比べてかなり小さくなり、カラフルなテント群が美しい。
テントに戻り、4時前で夕食にちょっと早いが、食料やコンロを持ってヒュッテ前のテーブルへ移動。売店周辺は大勢の登山者でごった返していた。まずは名物の屋台のおでんとビール。おでんの卵が焦げていたので大根をおまけしてもらって得した気分。気温は6度。スパゲティーを作り、ホットバーボンで体を温めた。
テーブルで一緒になった兵庫県のご夫婦と山談義。この時期、テント泊で涸沢に毎年来ているそうで、今年の紅葉は最悪らしい。野菜と缶詰でナベの作り方を教えていただき、魚の干物やスルメをご馳走になった。
夕食の後、自宅に電話をかけるためにヒュッテの中に入った。涸沢から電話をかけるためには、携帯電話が圏外であり、衛星を利用したテレホンカード専用の公衆電話を使うことになる。ヒュッテの土間は登山靴で埋まり、多くの登山者が板の間で膝を抱かえていた。聞けば、1畳に3人のスペース。涸沢小屋は1畳に4人らしい。先ほどのご夫婦の話では、以前、売店のある戸外のスペースが仕切られ、宿泊場所になったこともあるそうだ。
テント場に戻ると、山側までテントが並び、200張り以上はあるようだ。テントに入ると、再びあられが降り始めた。今度は本降り。冷え込みに備えて、ジャッケトやダウンベストを着込み、お湯を入れたアルミの500mlジュース缶をタオルでくるみ湯たんぽにした。6時半過ぎであるが、シュラフに潜り込んだ。テントをたたく音が小さくなり、タープの上をシュルシュルと滑り落ちる音が聞こえる。タープに積もった氷が滑り落ちているようだ。
登山者が石を踏む音で目が覚めた。まだ9時。テントのファスナーを上げると、雲間に星が見えた。タープの裾は滑り落ちたシャーベット状の雪が積もっていた。外に出ると、前穂辺りの雲が白く輝いている。吊り尾根の向こうに月があるようだ。赤い火星が大きい。屏風の頭が月明かりに浮き上がって幻想的だ。その上には砕け散るスバルがさんざめき、カシオペア座が北極星の位置を教えてくれた。周りの巨大な峰の上で雲が渦巻き、谷から上がってきたガスがヒュッテの上を越えていく。まるで作り物のCG映像と錯覚するほどすばらしい現実。これが見たくてここまで来た。この光景を脳裏に焼き付けシュラフに潜り込んだ。寒くもなく、朝まで熟睡。
<2日目>
5時起床。ファスナーが凍り付いて、開けるのに一苦労。タープには水滴状態の氷が付き、タープの裏側に張り付いたオブラードのような氷片がヒラヒラ舞った。テント内の温度は0度。フロアーマットに水滴が付き、ゴアカバーが役に立つ。
涸沢の朝はあわただしい。ランプをつけてすでに登り始める人もいる。北穂へのルートには、ところどころランプの明かりが見える。屏風の頭辺りの空が真っ赤に染まった。穂高の峰は薄っらと白くなっている。雪が積もっているようだ。
雑炊、フカヒレスープ、パン、コーンスープなどの朝食をとって、撤収の準備。凍り付いたタープをビニール袋に押し込み、7時半過ぎに出発の準備ができた。青空の下で北穂が朝日に輝いている。今日は天気がいい。昨日、ヒュッテで下山ルートに予定しているパノラマコースの状況を確認したところ、道は狭いが通行可能とのことであった。夏には雪があり、断念したルート。今回、パノラマコースを初めて下る。
パノラマコースの入り口は、涸沢ヒュッテの石の階段を下りた三叉路を南に直進する。何人かの登山客が歩いて行くのが見える。左前方には屏風の頭が見える。頭の右にある屏風のコルまでは標高差100mほどの登りとなる。昨日の雪で凍り付いた紅葉のナナカマドの道を抜け右山で東方向にゆるやかに登っていく。後方には涸沢ヒュッテの向こうに秋色の大カールが広がる。
道は涸沢に切れ落ちた崖を横切っており、下を見ると足がすくむ。この先、屏風のコルまではこうした崖を何ヶ所も通過することになる。道は細く山側にはロープが張られていた。テントの大荷物を背負っており、バランスを崩さないよう、山側に重心を移して慎重に歩いた。前後の登山者がロープを掴むことで、ロープが谷川に引っ張られ、バランスを崩しそうになるので要注意。
渋滞し始め、ついに登山者の列は動かなくなった。不安定な場所を牛歩で進む。崖を渡りきったピークの先は岩や木の根を掴みながら垂直に下るところがいくつかあり、こうした場所が渋滞の原因となっていた。北斜面で陽が当たらないことから、昨日降ったあられが崖に薄っらと積もっている。霜柱もたくさん立っている。崖の道は凍って堅く、滑らないように注意した。屏風のコルまではストックが邪魔になるので、ザックに付けておいたほうがいい。
パノラマコースという名に恥じない展望がすばらしい。涸沢の展望を見ながら少し行くと、「槍だ」という声に、みんなが振り向く。手前の尾根の向こうにひょっこりと槍が頭を出している。こんなところで槍が見えるとは思ってもいなかかったため、感動である。その後、青空を背景に槍、北穂、涸沢岳が並んでどんどん立ち上がってくる。登山道の紅葉を手前にすばらしい光景だ。最大の注意を払って歩かねばならないルートではあるが、景色も見たい、写真も撮りたい。渋滞のおかげで中判カメラとデジタルカメラで思う存分にシャッターを切った。前方には朝日に輝く緑の屏風の頭がどんどん近づいてくる。1名、風邪でかなりバテ気味。鼻がつまって息ができないと言いながら、ピーク毎に小休止。
屏風の頭が大きくなり、前方の青空を目指して登り切ると、尾根に飛び出た。前方が開け、下界には徳沢辺りの梓川が望める。北側には尖ったおにぎりのような形をした屏風の頭が見える。紅葉のすばらしい尾根を下る。後方には前穂北尾根が下から見上げる形で鎮座している。南東には南アルプスとその左に富士山が雲の上に頭を出していた。左には紅葉の木々の向こうに槍と穂高がすばらしい。
陽の当たる場所に出たため、Tシャツ1枚になる。すぐに屏風のコル。多くの登山者はここにザックをデポして、屏風の耳や頭に登っている。空荷で20分ほど歩けば屏風の耳に着くが、風邪で体調が悪かったことや渋滞で予定時間よりかなり遅れていたことなどから、屏風の耳と頭は次回のお楽しみとして、眼下の梓川を目指してコルを下った。
前穂北尾根を見上げながら急斜面の草原をジグザグに下る。夏にはお花畑になりそうな斜面である。谷を左に、小さな登り下りを繰り返して美しいダケカンバを見ながら、押し出しを渡り、軽快なピッチで下った。慶応尾根の樹林帯を抜けるあたりから、大きな岩がごろごろした坂道になる。これが歩きにくい。段差が大きいところや、滑りやすいところがたくさんあり、これでもかと続く岩歩きに、とにかく疲れる。この道がかなり長く感じられた。
ようやく岩道を抜け、左山で大木の中をトラバースしていく。途中、樹間から前穂北尾根がきれいに見える。折り返して、白く輝く涸れた沢を渡る。ここの手前からも北尾根が望める。再び大きな涸れた沢に出る。ここが奥又白谷。谷の上部には荒々しい前穂の岩壁が大迫力で迫る。奥又白池はこの奥の左にあるそうだ。大勢の登山者に混じって、ここで小休止。前方に蝶ヶ岳がなだらかな曲線を描いている。この春に雪のこの稜線を延々と登ったが、ここから見るとその全貌がよく分かる。針葉樹林が多いようで、緑の中に点状の紅葉が見られた。
ここからは緩やかな潅木の中の道。すぐに早足のご夫婦に追い抜かれた。あいさつをしてびっくり。昨日、ヒュッテのテラスで一緒だった兵庫県の方でした。「また、来年、涸沢で会いましょう」と、道を譲った。堰堤のある沢を右に、立派なフジアザミを見ながら林道へ。梓川右岸を歩いて新村橋を渡った。
新村橋から徳沢までは15分。山荘前のベンチでラーメンの昼食。春、ここでテント泊した頃は、キャンプ地の大木が芽吹き前であったが、今は葉が頭の上に落ちてくる。移り変わる季節を、大きな明神岳が見下ろしていた。バスの混雑が予想されたため、先を急ぐ。徳沢を過ぎた梓川沿いから、後方に屏風の頭がよく見える。
明神を過ぎ大勢の観光客に紛れて河童橋へ。振り向けば美しい穂高。また来年のこの時期にここへ来ることを約束して、バスターミナルへ。2つ折れになった長蛇の人の列に唖然とするが、沢渡行きの列だった。平湯行きは20mほどの列。2つ目のバスに乗り、平湯で乗り継いでアカンダナ駐車場に着いた。
今年4回の上高地入りの目標を達成。いずれも好天に恵まれ言うことなし。涸沢テント泊なら土日で楽しむことができる。天気予報をみながら、思いついて来られる。パノラマコースを下ればちょっとしたスリルや大展望が待っている。秋山のすばらしさを知り、涸沢が益々お気に入りになった今回の山歩き。来年もまた来よう。
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