再び雪庇を乗り越える。前方に人だかりができている。山頂だ。雪庇に沿って平坦な稜線を歩いて山頂に着いた。感動の時。今、4人があこがれの山頂に立った。皆の顔が輝いていた。感動の醒めやらぬうちに記念写真。ミツルさんがおもむろにザックから何やら取り出す。なんと、大きな板に「野伏ヶ岳」の文字。これまた感動。手製の山名プレートを持ってきていただいた。プレートを掲げてセルフタイマーを切った。小さなデスプレーの中で感動する4人の時が止まった。

 写真の後は山の同定。ベッカムさんに山頂から見える山をプリントアウトして持参いただいたので、これを参考に360度を見渡す。北に延びる美しい雪庇の尾根はゆるやかな弧を描いて薙刀山、願教寺山へと続く。その先に別山、白山があるのだがあいにく雲に隠されて山頂は見えない。別山から右へ南白山に続く尾根が連なり、その手前の稜線は、別山すぐ左下に三ノ峰、さらに右へ二ノ峰、一ノ峰、銚子ヶ峰と続く。その右には我々の登りを後方から見守ってくれた丸山、芦倉山、谷を隔てて天狗山、大日ヶ岳、その右遠方に鷲ヶ岳、さらに南手前の毘沙門岳へと続く。

 野伏ヶ岳から南へ続く稜線には巨大な雪庇が今にも崩れんばかりにブロックを作る。その先には小白山。西に百名山の荒島岳が淡いベールを身にまとって浮かぶ。北西には特徴ある山容の経ヶ岳と長い尾根が美しい赤兎山が肩を並べる。薄曇りで遠方は霞んでいるが、青空に映える景色とは異なり、空の色に溶け込んだ淡いパステルカラーの世界がすばらしい。まるで水彩画を見ているような錯覚に陥る。全周大パノラマは3000mクラスの山に匹敵するであろ。山頂は南北に長く、広い雪原になっている。南東側には雪庇が発達しており、近づくと危険だ。山頂をあちこち移動して一通り写真を撮り、絶景を脳裏に焼き付けた。

 山頂は風が強く、写真を撮っていたら指先が冷たくなってきた。風のないところまで下って昼食にしようと山頂を後にした。山頂東の雪庇を降りた斜面に登山者が休息中。風も弱いし、180度の大展望地であるため、ここを会場とした。今回は、ロングコースでもあり、ランチの規模を縮小することとし、ミツルさんの提案でうどんすきがメニュー。

 材料を分担し、ベッカムさんにはだし汁2リットルを持ち上げていただいた。ミツルさんのザックからは、巨大なすき焼き鍋が出てきた。食材も山ほど。さらにベッカムさんのお寿司やウチの小籠包が加わり、縮小どころかいつもより豪華なランチとなった。寒いのでホットウイスキーを作った。雪山で飲むホットウイスキーは実にうまい。こんなロケーションの中でのランチは今までなかったのではなかろうか。「お金では買えないですね。」とベッカムさん。

 食べるのに疲れて、顔をあげると、なんと白山方面の雲が消え純白の別山とその左に御前峰と大汝峰の白山主峰が輝いているではないか。さらに東に目をやると、天狗山と芦倉山の間に乗鞍岳、大日ヶ岳の向こうに御嶽山が浮かび上がっている。感動のだめ押しである。突然、突風が吹き雪煙の中に。大きなつむじ風が雪を巻き上げながら斜面を駆け抜けていく。突風で飛ばされた手袋を隣のパーティーに拾ってもらった。なお、後日、HP「ごっちゃんの山楽日記」の管理者ごっちゃんが10m先で昼食中であったことが分かった。久しぶりのHP管理者とのニアミス。

 登山者は次から次へと登ってくる。マイナーな山だと思っていたが、今日一日で50人は登っていると思われた。リピーターが多いのもうなずける。熱々のうどんすきで体も暖まり、パンプディングとホットコーヒーでフルコースを終えた。

 後片づけをして、ダイレクト尾根を下る。大パノラマを眼下に下るのもまた気持ちがいい。ベッカムさんはスキーで下る。ダイレクト尾根の天然ゲレンデをスキーで滑降するのは最高だろうが、見下ろすと怖い。ジャンクションピークから小白山谷側の斜面を滑るベッカムさんは実に格好いい。

 登りで休息した地点を下った辺りでベッカムさんがなかなか降りてこない。他の登山者に聞くと、左の谷に降りていったとのこと。深い谷は池までつながっており、シュプールも見られたが、人影はない。ミツルさんが呼んでみるが返事がない。谷が急に切れ込んでおり、手前が覗き込めないため、覗き込める位置に移動しよとしたときに、遙か下のブナの木辺りに既にベッカムさんが到着していることが分かって一安心。それにしても谷の急斜面をよく滑ってこられたものだと関心。今度は待ち合わせ場所を池の近くに決めた。

 急傾斜の尾根でシリセードをしてみるが、湿った重い雪でうまく滑らない。ブナの木から少し下った所で尾根をはずれて池へ直行するトレースがあったので、これをたどることにした。池からの直登コースであり、急斜面でこの登りもかなりきついであろう。雪が緩んでツボ足ではかなり沈み込むようになった。足が抜けなくなることもしばしば。シリセードのほうが速い。先頭のミツルさんが滑った跡は実によく滑る。樹木を除けながら一気に池まで滑り降りた。ピッケルが無いのでブレーキがかからないが、これがおもしろく、思いっきり楽しんだ。

 池でベッカムさんと合流。せっかくスノーシューを担いできたので、アイゼンをスノーシューに付け替えて、大黒山を回り込む。帰路は雪原に下りずに、林道まで大黒山に沿って歩いた。ちらちらと細かい雪が舞い始めた。振り向けば野伏ヶ岳が雪に霞んでいる。良いときに登れてよかった。

 スキーで先に行くベッカムさんとは駐車場で待ち合わせ、雪の降る林道を3人で下った。ショートカットの道がたくさんできており、ショートカット主体で下る。ツボ足のミツルさんは深い雪に苦戦。急斜面はまたまたシリセード。かなり下ったところでミツルさんが体半分雪に沈み込むというハプニングも。林道を横切る谷川にかかった雪のブリッジももう2・3日で崩れてしまうだろう。今夜、テン泊する登山者とすれ違った。

 谷川の音が近づき、ようやく長い林道を終えた。橋の手前でスノーシューを外して、駐車場への坂を登った。子供連れの観光客から「あの山に登ったのですか」と声をかけられた。「そうです」と答えて振り向けば、先ほどまで降っていた雪は止み、白い峰が我々を見下ろしている。あの感動の山頂はいつまでも逃げることはない。また来ようと思った。今度はテン泊で。

 野伏ヶ岳はロングコースのマイナーな山と思っていたが、林道歩きの1時間半を除けば、平坦な牧場跡の歩きと真っ直ぐなダイレクト尾根の登りである。登山者も多い。天気がよければ迷うことはない。ただし、深い雪山であり、アイゼンやワカン、防寒対策など装備は完璧に。悪天候が予想される場合は登頂を見合わせたほうがよい。また、4月には山頂付近の尾根の雪が割れることもあるそうで、慎重な行動が必要である。
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