トレースマップはカシミール3Dで作成
*この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用しています。(承認番号 平17総使、第654号) ※誤動作あり 点線は推定トレース
天狗岳の展望と植物を見る
天狗岳・ニュウ (2646m 2352m 長野県)
2009.7.20 晴れ 2人

麦草峠駐車場(5:10)→麦草ヒュッテ(5:14)→丸山(6:05)→高見石小屋(6:27-6:39)→中山展望台(7:42-7:53)→中山山頂(7:57)→ニュウ分岐点(8:12)→中山峠(8:24)→東天狗岳山頂(9:37-9:55)→西天狗岳山頂(10:11-11:04)→東天狗岳(11:19)→黒百合ヒュッテ分岐点(11:35)→黒百合ヒュッテ(12:27-12:38)→中山峠(12:43)→ニュウ分岐点(13:44)→ニュウ山頂(13:48-14:03)→白駒池・稲子湯分岐点(14:35)→白駒池(14:58)→白駒荘(15:04-15:32)→麦草峠駐車場(16:12)

 2年前の夏、南八ヶ岳の稜線を歩き縦走路最後の山頂となる硫黄岳に立った。広い山頂からは、北へ未踏の峰が続く。眼下の夏沢峠を越えれば、北八ヶ岳の領域に入る。その向こうには天狗岳が美しい双耳峰を見せる。いつか歩きたいという思いをこの夏に実現するために、この連休の目標を天狗岳に決めた。

 今年の夏山第一段の登山計画の一切をらくえぬに任せた。天狗岳へのコースはいくつかあるが、北八ヶ岳の主稜線を縦走するコースとして、麦草峠を登山口にした。丸山、中山を越えて天狗岳に至るコースは、日帰りではロングコースとなるが、標高差は比較的少ない。欲を出して、帰路はニュウに寄る計画が出来上がった。直前まで天気予報を見ながら、連休最終日の梅雨の晴れ間に決行することに。

 前日に長野県に向かう。時々、雨が降る天気で諏訪湖周辺の山々は白い雲に覆われている。時間があったので霧ケ峰・八島湿原を訪れてみたが、どこも観光客の車でいっぱい。強風とガスの草原を散策した。ニッコウキスゲやシモツケソウが最盛期。霧ケ峰を後に「縄文の湯」に寄って、麦草峠を目指す。麦草峠は八ヶ岳を横断する国道299号線にある峠で、標高は2127mあり、国道標高日本第2位を誇る。日が西に傾き、雲の流れが穏やかになった。茅野市内からも周辺の山々が見え始めた。確実に好天に向かっている。

 「縄文の湯」を後に国道299号線、別名メルヘン街道に入る。2車線の舗装道路で、道路沿いには巨大な別荘群がある。カーブごと表示された番号を数えながら、ぐんぐんと標高を稼ぐ。別荘群が終わるところにあるゲートを通過すると、濃い霧の中に突入。フォグランプを点灯して走る。標高2000m付近の大気はまだ不安定だ。平坦になったところで麦草峠の駐車場が現れた。10台ほどの車が停まっており、トイレの横にはテント泊をするパーティーも見られ、車中泊の登山者もある。明日の早朝からの行動に備えて、暗くなる頃にシュラフに潜り込んだ。標高2127mの峠は強風とガスが渦巻く。時折、突風で車が揺れる。明日は晴れるという天気予報を信じて眠りに付いた。
 
 駐車場に入ってくる車のライトで目が覚めた。深夜2時。車外に出て驚いた。駐車場は満車状態。ガスは消えており、頭上を巨大な銀河の帯が横切っている。織姫と彦星が銀河の対岸で瞬きもしないで輝いている。久しぶりに見る満天の星にため息をつく。北から南へ流星が尾を引く。今日の天気は期待できそうだ。

 4時に携帯のアラームが鳴った。パッキングをして靴を履き替える。駐車場には循環式のトイレがあるが、手洗いの水は飲み水には利用できない。6時過ぎにスタートする計画であったが、1時間早く出発。国道を東へ歩くとすぐに麦草ヒュッテが現れる。国道に出ることなく、駐車場の東から山道を歩いてもいい。ヒュッテの扉を開けて、登山届けを箱に入れて出発。ヒュッテ前の広場から草原の木道に入り、白駒池への道を左に見ながらシラビソの樹林帯に入る。

 雨水で掘れた道を歩く。シラビソやオオシラビソ、コメツガが混生していると思われる樹林帯の林床は苔むし、北八ヶ岳特有のすばらしい雰囲気。シラビソの白い幹には緑色の様々な苔が張り付いて、しっとりとした空間を創り出している。林床でひっそりと咲くオサバグサの白い小さな花は、この森の妖精。花は最盛期を過ぎているが、至るところで見られた。シラビソの新葉が黄緑色に輝いて、生命力を感じる。美しい森に癒されて歩く。

 適度な傾斜の道を登り、ゆるやかになったところで、枯れ木の目立つ明るい場所を通過。縞枯れの場所であろう。この地域ではシラビソやオオシラビソが縞状に枯れる「縞枯れ」が多く見られる。原因として、いろいろな説があるようだ。枯れた場所には日が当たり、幼木が育ち始めている。やや下って、水溜りの多い平坦な道となる。昨日の雨で道一面が水溜りになっているところもあり、道の縁を歩いたり、倒木に乗ったりして進む。

 やがて石の多い道となり、丸山への登りが始まる。苔むした森の中、濡れた石で滑らないように登っていくと、ピークに出た。三角点と標識があり、道は直角に左へ折れる。天狗岳の文字を確認して左へ。ここが丸山であるが、展望のある山頂はすぐ先にある。丸山山頂2329mの標識の前で写真を撮った。扉が閉められた小さな御社がある。南側の展望が得られ、なだらかな山が中山のようだ。その向こうに山の頭が見えたが、この時、この山が西天狗岳とは気が付かなかった。

 丸山から一直線に下る。この周囲の森も倒木が地面を覆い、一面に苔が生えている。荒れた人工林を思い起こさせるような光景だ。10分ほど下ると平坦となり、白駒池への分岐を通過。すぐに高見石小屋が現れた。数人の登山者が休息中。ここでトイレ休憩。小屋の横にある大岩が積み重なった高見石に登ってみると、雲海に浮かぶ浅間山や曇り空を映す真っ白な白駒池が見られた。小屋の赤い屋根の向こうには中央アルプスが見える。青空が見え始めていた。

 天狗岳への道を確認して、小屋を後にする。緩やかに下って平坦な道を歩く。この辺りも水溜りが多く靴をベトベトにして歩き、中山の登りにかかる。かなりの急登を予想していたが、それほどでもない。そして、この辺りのシラビソの樹林は最高に美しい。苔のついた白い幹が両側を埋め尽くし、まるで絵画の中にいるような錯覚に陥った。北八ヶ岳の美しさは多くの人から聞いていたが、まさに噂どおり。この光景が見られただけで満足。元気をもらって、中山を目指す。ゴゼンタチバナやオサバグサ、開花末期のバイカオウレンを見ながら、ぐんぐん登っていく。

 次第に周囲の木々の背丈が低くなり、平坦な道になった。縞枯れ地帯を抜ける。シロバナヘビイチゴやマイヅルソウが見られる。ハクサンシャクナゲが現れ、写真を撮りながら歩くといきなり開けた場所に出た。岩が敷き詰められた中山展望台である。我々をすばらしい眺望が出迎えてくれた。「穂高だ、槍だ」と歓声を上げる。安曇野を埋める雲海の向こうには穂高・槍・立山・剣そして後立山連峰が一直線に連なる。その南には乗鞍・御嶽・中央アルプス。そしてこれから目指す双耳峰の天狗岳が姿を見せる。北には蓼科山が富士山のように裾野を広げる。単独男性から北に見える山が火打や妙高だと教えてもらった。富士山は硫黄岳に隠されて見えないが、ニュウから見えるそうだ。足元にはコケモモが小さな花をつけている。
 
 冷たい風が吹く中で、展望を楽しんだら先を急ぐ。5分も歩かないうちに、中山山頂に着いた。通過地点のようなところで展望はないが、すぐ先に展望地がある。今度は南から東方向が開けている。天狗岳が全貌を現し始めた。美しい吊尾根を持つ天狗岳とその向こうには硫黄岳の爆裂火口が見える。あそこを覗き込んだ2年前が思い出された。雲海には山梨の山々が浮かぶ。手前の稜線上に三角形の突起物が見える。帰路に寄るニュウだ。ニュウの語源は「稲束を積んだもの」を意味するようだが、「乳」という説もあるようだ。ここから見ると後者のように見える。
 
 展望台で出会った単独男性と別れて、ハクサンシャクナゲの咲く大岩の積み重なった道を下る。縞枯れ帯を抜けてニュウの分岐点を通過。バイケイソウの花を見ながら歩くと、道は右方向にカーブしていく。左側は切り立った断崖となっており、足元にツマトリソウが見られた。切り開きに出て、正面に東西の天狗岳が全貌を現す。岩と崩壊地の見える東天狗岳に比べて、西天狗岳は丸く穏やかな山容で対照的な形が面白い。前方に天狗岳を見ながら5分ほど下って四差路に着いた。右は5分で黒百合ヒュッテ、左は稲子へ下る。ここは直進。
 
 岩場を登ると岩の多い展望地に出た。目の前にコブのある東天狗岳が迫っていた。登りに備えてパンを食べて小休止。増えてきた登山者に交じってスタート。前方に見える標識を目指す。道の岩にはアイゼンの引っかき傷がたくさん見られる。冬季に多くの登山者が訪れているようだ。標識のある地点から見上げる東天狗岳は確かに天狗の顔の形をしている。
 
 真っ青な空に向って登る。緑の山肌が美しい。後方には今歩いてきた中山と崖縁のルート、さらにその南には稲子岳の崖が見えた。ニュウが頭を出し始めた。振り向きながら岩場を登る。北アルプスや乗鞍が見える。中山の向こうに蓼科山も見え始めた。岩場で休んでいる2名の男性から冬の北八ヶ岳のすばらしさを教えてもらった。一度冬に訪れたいものだ。
 
 岩をよじ登り、白丸印を追う。天狗の頭はもう目の前に近づいている。後方の田園にきらめくビニールハウスが見下ろせた。黒百合ヒュッテも見える。スリバチ池付近は「天狗の奥庭」と呼ばれ、美しい緑の台地。東天狗岳から黒百合ヒュッテへのコースが奥庭の左を通っている。縞枯れした中山の向こうには麦草峠から北の山々が峰を連ねる。

 ミヤマダイコンソウを見ながら、奇岩を左山で迂回して、クサリ場に取り付く。団体さんが下りるのを待っていると、「登っていいよ」との声。道を譲ってもらいながら一気にクサリ場を登った。クサリ場を抜けると山頂は目の前。岩がゴロゴロする道を登って、大勢の登山者で賑わう山頂に立った。目の前に広がる南八ヶ岳に息を呑む。硫黄岳の向こうには赤岳と阿弥陀岳が聳える。美しい山だ。その向こうには仙丈、甲斐駒、北岳などの南アルプスがシルエットとなって連なる。西天狗岳は目の前。見飽きない光景を、達成感に満たされて眺めた。

 記念写真を撮って西天狗に向う。石ころの多いザレた道を下っていく。左手の谷を挟んで根石岳、その向こうに赤岳や南アルプスを見ながら、鞍部まで下って登り返す。赤いザレた道をひと登りで山頂に立った。クジャクチョウの出迎えを受ける。東天狗岳とは違い、ハイマツに囲まれた赤土の山頂で、ここも360度の展望地。東天狗岳からは見えなかった北アルプス方面や諏訪の市街地が見える。根石山荘も見える。
 
 ここでランチにする。メニューは朝食の残りのおにぎりと味噌ラーメン、ソーセージ、キュウリ、トマト。登ってきた登山者から「大きなザックですね」と言われた。42リットルのザックであるが、周りを見るとハイキング程度のザックの人が多い。唐沢鉱泉から登れば比較的短時間で天狗岳に登れることから軽装備の人が多いようだ。昼食を食べながら帰路の計画を練り直した。登山計画書よりも1時間早く出発したが、現時点で30分ほど早いだけである。らくえぬの立てた計画ではポイントごとの休憩が5分と短く、これはちょっと無理な計画だ。まだ30分の余裕があるので、帰路は天狗の奥庭を通って黒百合ヒュッテ経由でニュウに向うことにした。いつもならコーヒーを飲むところだが、下山時間の見通しがついた地点で飲むこととし、西天狗岳に1時間ほど滞在して、再び東天狗岳に登り返す。

 山頂肩でショートカットして登ってきた道を下った。クサリ場から10分ほど下ったところの分岐から黒百合ヒュッテの方向に下りる。北横岳や蓼科山が美しい。天狗の奥庭を目指してザレた道を下る。石がケルン状に積まれた脇を通り、前方に奇岩のあるピークが近づいてきた。この辺りから石跳びが始まる。大きな石をバランスよく跳ぶ。前方を歩く女性が「道が分からない」と苦戦している。丸印と矢印を追う。ピークを越えると次のピークが現れ、石跳びが続く。筋肉痛になりそうなコースだ。登ってきたルートよりもコースタイムが長い理由がよく分る。コメツガの紫色の実を見ながら、スリバチ池を左回りで回り込む。天狗岳が美しい。ようやく眼下に黒百合ヒュッテが見えてきた。屋根のソーラーパネルが輝いている。岩の道を下ってヒュッテの庭に降り立った。大勢の登山者に交じって休憩。ヒュッテでオレンジジュースを購入して生き返る。トイレに寄ってスタート。次の目的はニュウ。
 
 湿地の木道を渡って中山峠へ。後方の天狗岳にガスがかかり始めていた。往路の道を歩いてニュウへの分岐点から右折する。この辺りの手付かずの原生林も美しい。先月、天生湿原でブナの森の世代交代を見てきたが、この森のサイクルはさらに速い。密生したシラビソの森で競争に負けた木は枯れて倒れ苔に覆われる。その苔の中から小さな芽。芽生えたものが成木になるのはほんの一部であろう。幼木も見られ、木漏れ日が倒木を覆う苔を照らす。カメラと三脚を持ち込んで1日かけてじっくりと写真を撮りたい場所である。

 右手の崖の縁を通過。切り開きからは稲子岳や硫黄岳が望めた。小さな子ども連れの家族に何度か出会った。白駒池からニュウと中山を1日かけて周遊するこのコースは、ファミリー向きである。ぐんぐん下って尾根道になると、シラビソは大木となって尾根を埋める。木の根が這う尾根を歩く。直角に右に曲がり、小さな谷を渡る。なだらかに登って切り開きから天狗岳を振り返るとガスがかかっていた。岩に木の根が絡んだ場所が続き、道を拾いにくい。多少、ルートを外しながら歩くと、尾根の前方に岩が突き出たニュウが姿を現した。
 
 分岐点でニュウから下ってくる団体さんを待って、僅かな登りで山頂へ。岩の間に三角点が埋め込まれている。岩の上は360度の展望地。北には樹海の中に白駒池が見え、その後方に北八ヶ岳の峰が望める。広大な樹海が美しい。今歩いてきた尾根の向こうには天狗岳。その左には稲子岳と硫黄岳が重なって見える。ちぎれ雲が流れる。天狗岳を見納めとして、分岐点まで戻り白駒池を目指す。
 
 樹林帯の中にジグザグと付けられた道を拾いながらぐんぐん下っていく。この森でもオサバグサが見られた。ニュウから30分ほど下ると白駒池と稲子湯の分岐点に突き当たった。白駒池方向へ左折して美しい樹林帯を歩く。木の名前が書かれたプレートが中部森林管理局により付けられており、この森の針葉樹はシラビソ、オオシラビソ、コメツガ、トウヒなどが混生しているようだ。

 ぬかるみに並べられた丸木の道を歩き湿原を横断して北へと向きを変えていくと白駒池に突き当たった。池を周回できる道が付けられておりどちらへ行っても麦草峠に行くことができる。ここは左。ボートの浮かぶ池の縁にはハクサンシャクナゲが咲いている。池の縁を数分歩いて白駒荘に到着。建物の裏の草むらにクリンソウが咲いている。植えられたものであろうか。また、ギンリョウソウや帰化植物であるヒロハノマンテナも見られた。

 白駒荘の前は、大勢の観光客で賑やか。ここは登山者よりも観光客のほうが多い。計画通りの時間で白駒荘に着いた。1時間早く出発していることから、計画よりも1時間オーバー。今後の計画樹立の参考になりそうだ。ここから麦草峠までは30分ほどなので、湖畔のテーブルでコーヒーを沸かしてのんびりすることに。人懐こい犬がまとわりついてきた。犬の持ち主の男性は何度も八ヶ岳に犬と一緒に登ってみえるとのこと。阿弥陀岳の崖から落ちて無事生還した犬だそうだ。白駒池は冬には全面氷結する。すばらしいスノートレッキングができそうだ。
 
 ついてくる犬と分かれて麦草峠を目指す。白駒池駐車場への分岐を通過して、「白駒の奥庭」の木道を渡る。ハクサンシャクナゲがたくさん見られた。麦草ヒュッテの草原で往路と合流。ガスがかかりはじめた茶臼山を前にヒュッテへ。ヒュッテの前に植えられたテガタチドリが満開で美しい。下山届けを提出して駐車場に戻った。

 北八ヶ岳は南八ヶ岳に比べて浸食が進み、急峻な地形は少なく、初心者向きであるが、麦草峠から天狗岳へはロングコースであり、いくつかのピークを越える。このため、時間に十分余裕を持って登る必要がある。また、ニュウを経由するコースは道を拾いにくい場所もあり、ガスの中では要注意。

 念願の北八ヶ岳を歩いてそのすばらしさを実感した山旅となった。展望もすばらしいが、何といってもシラビソなどの樹林帯は見事である。次は麦草峠から北の山を歩きたい。再び「縄文の湯」に寄って渋滞の中央道を岐阜へ向った。
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