蝶ヶ岳
蝶ヶ岳 (2677m 長野県) 2003.5.3〜5.5 2人 

<5月3日 晴れ>
平湯アカンダナ駐車場(9:30)→上高地バスターミナル(10:00)→明神(10:56-11:18)→徳沢(12:10) テント泊
<5月4日 晴れ>
徳沢(6:34)→3.5km(3km)標識(7:58)→アイゼン装着(8:00)→穂高展望地(9:28)→長塀山(10:18)→蝶ヶ岳山頂・蝶ヶ岳ヒュッテ(11:25-12:31)→三角点(13:15-13:21)→横尾分岐点(13:27)→槍展望地(14:40)→横尾(15:45-16:04)→徳沢(17:03) テント泊
<5月5日 晴れ>
徳沢(7:15)→明神(8:01-8:12)→上高地河童橋(8:45-9:30)→アカンダナ駐車場(10:10)

●プロローグ
 以前からテントに泊まって山歩きをしたいと思っていたが、あの重い荷物を背負って歩く自信がなく、実現しなかった。どこかで踏み切らないとこの夢は実現しないと思い、この春に思い切ってテントやシュラフ、マットなど、念願のテント泊用具一式を購入した。

 こうなったら、今年の連休はテント泊である。かといって、あの重い荷物を背負って長時間の登りはとても無理だろうと考え、短時間の平坦地歩きでテント泊ができ、そこをベースに山に登れる場所を選んだ。やはり、テントデビューはあこがれの上高地。涸沢まで歩く自信はなかったので、徳沢を選んだ。いつも羨望のまなざしでテント場を通り過ぎるのであるが、今回はテント村の仲間になれる。登る山は蝶ヶ岳。23年前に燕岳から蝶ヶ岳まで裏銀座を歩いた。穂高連峰の展望に大感動した想い出の山である。

 当初は1泊で計画していたが、インターネット情報をもとに登山計画書を作ってみると1泊ではちょっときつい。どうせならテントで2泊してしまおうと計画を直前に変更し、1泊増やした分の食料を紙袋に押し込んで3日の早朝に平湯に向けて車を走らせた。

●5月3日
 初日は徳沢までの余裕の行程ではあるが、連休の混雑を避けるため早めに出発。パナウェーブが居座るせせらぎ街道を避け、東海北陸自動車道終点から高山を抜けて平湯へ。上の段の8割近くが埋まったアカンダナ駐車場に9時過ぎに到着。駐車料金は1日500円。ここから、平湯バスターミナル経由で上高地行きのバスに乗る。料金は往復1800円。荷物料金は不要。往復のチケットは1週間有効である。

 20人ほどの観光客がバスを待っていたが、大型ザックを担いでいるのは我々2人だけで、中央ドアから先に乗せてもらい荷物を中央の広い場所に置かさせてもらった。安房トンネルから釜トンネルを抜け上高地に入る。3月に釜トンネルから上高地まで歩いたが、今ではすっかり雪も消え、大正池ホテル前は観光客であふれていた。雪の少なくなった巨大な焼岳が雄大にそびえる。前方には青空をバックに白い穂高連峰が美しい。

 観光客で混雑する上高地バスターミナルで下車し梓川沿を河童橋まで歩く。ピッケルに大型ザックの登山者も多いが、夏に比べると登山者の割合は少ない。河童橋から穂高を見上げて、2日に穂高を目指した「クーの山小屋」管理人のkuさんに電話をかけようとしたところ、着信。偶然にもkuさんからの電話。奥穂高岳山頂からだ。目の前の白い峰の山頂にいるとは、信じられない。最高の天気でありkuさんはすばらしい展望を見ていることであろう。早く登りたいとの気持ちを押さえて、観光客に混じり明神を目指す。

 明神を過ぎると観光客はめっきり減り、登山者が目立つ。名物のサルの群れに出会った。3月には赤い枝が美しかった梓川のケショウヤナギは今花盛り。黄色い穂をいっぱいつけて美しい。

 明神から1時間弱で徳沢のテント場に到着。たくさんのテントが芝生広場に広がっている。ちょうど正午。大きな木の下でラーメンとペンネの昼食。その後、徳沢園でテントの受付。1人1泊500円。平坦で頭上に木がない場所を選んでテントを張る。事前に張り方の練習をしておいたので難なく張ることができた。

 快晴の午後、テントの中は熱くて入れないので、大木の下にシートを広げて1時間ほど昼寝をした。同じような人が何人かいた。明日の山登りに備えているのだろう。シャツ1枚でも寒くないほどの陽気の中、寝ころびながら巨大な穂高を見上げる。気持ちがいい。これ以上、望むものはない。このまま時間が止まってほしいと思った。

 その後、蝶ヶ岳への登山口や周辺を散策した。4時過ぎに陽が穂高に沈み、急に寒くなった。テントの前で早めの夕食。メニューはマーボー飯、雑炊。テント場には70張くらいのテントが張られ、暮れゆく時間の中、夕食を作ったり、宴会をしたりと、みんな思い思いの一時を過ごしている。蝶ヶ岳へのルートである長塀尾根上部は夕日に染まって赤い。バーボンの水割りを飲みながら、このテント場の雰囲気を楽しみ、明日に備えて早めにシュラフに入った。

 真夜中、テントの外に出てみると、北斗七星の半分が穂高に沈み、南の山の上にサソリがハサミを振り上げている。天の川が明るく輝き、大きな流れ星が流れた。明日はいいことがありそうな予感。

●5月4日
 5時起床。テントのファスナーを上げると氷片がパラパラと落ちてきた。寒い。テントから顔を出して朝食を作る。シチューに雑炊。かなり冷え込んでおり、コッヘルから白い湯気が高く上がった。

 パッキングをして6時半に出発。徳沢園の右手から長塀尾根の樹林帯に入る。木の根がむき出しになった道をゆっくりと登っていく。すぐに雪が現れ、次第に雪の上を歩くようになる。トレースがしっかり残っており、それをたどった。雪の上は夏道に関係なく木に付けられた赤ペンキや赤布を追って真っ直ぐに伸びている。

 かなりの急坂を直登する。同じ頃に出発したパーティーに抜きつ抜かれつ雪の上を歩く。急坂で滑るようになる。今朝、蝶ヶ岳から下ってきた男性とすれ違った。聞けば、この先山頂近くまで雪道とのこと。事前に蝶ヶ岳ヒュッテのサイトで軽アイゼンとダブルストック、ワカンの装備が必要との情報を得ていたので、ここで、軽アイゼンを付ける。

 シラビソやコメツガの大木の中、雪の急斜面をひたすら登る。緩やかになったかと思うと急斜面になる。この繰り返しが続く。木の回りの深い穴を見ながら登る。雪の深さは1m以上はある。振り向けば樹間から明神が望める。ブドウ糖を食べ疲れを取りながら歩く。苦しい登りが続く。

 やがて、道はなだらかになり、木も低くなり始めた。3時間ほど歩いたところで、開けた雪の斜面に出る。後方に巨大な穂高連峰が、その南に焼岳、乗鞍、そして御嶽山がすばらしい。一気に疲れが吹き飛ぶ。休息を兼ねて中判カメラのシャッターを切る。

 いつしか道は北方向に向きを変え、あいかわらず雪の樹林帯を進む。長塀尾根という名前だけあってなかなか森林限界に出ない。途中、東方向に南アルプスと富士山が見えた。2人パーティーが休息しているピークに出た。長塀山と思われる。ここから槍ヶ岳が美しく望めた。昨年、あの山頂に立っただけに、感慨深いものがある。

 一旦下って再び登る。2、3のピークを越える。長い歩きに、少しの登りでも苦しい。舟窪地形と思われる場所の右側を通る。ここからも槍ヶ岳が美しい。妖精の池がこの辺りにあるのだろうが、雪の下で分からない。

 歩き始めて5時間近くがたとうとしている。あせりながら、雪の斜面を登りきると、広い雪原に飛び出た。思わず声が出る。途中、望めた御嶽山から槍ヶ岳までの山々がすべて繋がって大パノラマで目の前に広がる。北には槍ヶ岳からの東鎌尾根と大天井岳、そして常念岳が2664m三角点の右に見える。苦しい5時間の登りの後だけに、この光景は衝撃的で大感動である。23年前の夏、蝶ヶ岳から見た光景とは違い、雪がある峰々はすばらしく美しい。

 雪原の端で多くのパーティーがアイゼンをはずしている。アイゼンをはずす前に、思いっきりシャッターを切った。ここから雪のないハイマツの道を歩けば、正面に蝶ヶ岳ヒュッテの赤い屋根と東に長い尾根を持つ常念岳が見える。蝶ヶ岳は分岐を右にひと登りで着く。

 山頂標識で記念撮影。双眼鏡で正面の穂高を見ていた男性から涸沢や槍沢を登る登山者がアリのように見えると聞いた。ザイティングラードの岩肌が点線のように望める。東には安曇野が見下ろせた。

 ヒュッテまで下りて、ヒュッテ北側の石垣でラーメンの昼食。穂高連峰を前に飲むビールが最高にうまい。近所のテントの皆さんと一緒になった。ゆっくりしたいところだが、夕方までにテントまで戻らないといけないので、1時間ほどで昼食をすまし、北に下り2664m三角点まで足を伸ばした。稜線には雪もなく、夏山のようだ。横尾への分岐点を過ぎ少しの登りで三角点に着く。焼岳は明神の後ろに隠れ、槍ヶ岳が一段と大きく見える。南には、今、登ってきたなだらかな蝶ヶ岳が緑と白のコントラストで美しい。三角点のさらに北には蝶槍がそびえ、多くの登山者が登っていたが、時間もないので三角点までとし、横尾の分岐点まで戻った。

 前方に巨大な穂高連峰を見ながら、雪原まで下りアイゼンを付けた。ここでこの雄大な景色を見納めとし、樹林帯に入った。横尾までは急斜面を真っすぐ下っていく。雪はズルズルで階段状の踏み後はあるものの軽アイゼンでは滑りやすい。気を抜くと足を取られる。後で思ったが、ワカンにしたほうがよかったかもしれない。横尾から山頂を目指すパーティーと何度かすれ違った。急坂で、かなり苦しそうであった。

 1時間ほどで雪が切れたのでアイゼンをはずした。すぐに槍ヶ岳が望める展望地を通過。再び急坂の雪道になり、アイゼンを付けた。かなり下りて、再び槍ヶ岳のよく見える地点を通過。長い長い急斜面を2時間半弱で横尾のロッジ裏に出た。ロッジ前は涸沢から下山してきた多くの登山者で賑わっていた。缶ジュースで生き返り、徳沢を目指す。

 横尾から徳沢までの道は落石、土砂崩れ、雪崩でかなり荒れており、登山者が絶えない道だけに、落石に巻き込まれる危険もある。河原に付けられた道を選んで歩いた。歩き始めてすぐに陽が穂高連峰に沈んだ。この時間まで行動しているのはちょっと無謀かとも思ったが、周囲のテント泊のパーティーも同じような行動であった。横尾から1時間で徳沢。早速、ビールを飲んで夕食。大満足の山歩きであったが10時間近く歩いたこともあり、さすが疲れた。日が暮れると同時に眠りについた。

●5月5日
 早朝、明神がモルゲンロートで美しい。今日は帰るだけなので、コーヒーとパンの簡単な朝食をとって、テントを片づけた。朝露で濡れたテントをビニール袋に詰めて7時過ぎにテント場を後にした。帰路、またサルの群れに出会った。

 2日前にはエンレイソウの花を見ただけであったが、今日は、ハシリドコロやネコノメソウ、上高地手前では咲き始めたニリンソウも見つけた。2日間のこの暖かさで花が咲き始めたようだ。上高地は、すぐに花に埋め尽くされるであろう。

 観光客でいっぱいの河童橋前のベンチでゆっくりして、バスターミナルへ。平湯行きは整理券は不要であり、半分ほどの乗車率で思ったよりもスムーズにアカンダナ駐車場に着くことができた。すっかり車が減った駐車場でテントを広げて水滴を払い、家路についた。

●エピローグ
 初めてのテント泊登山は好天に恵まれ言うこと無し。こんな楽しいことを、どうしてもっと前からやらなかったのだろうと後悔。蝶ヶ岳はその展望のすばらしさに、多くの登山者が訪れる人気の山である。ルートはこの時期でも危険なところはなく、初心者には登りやすい。長塀尾根は樹林帯の長い登りのため、あせらずゆっくり登るといい。苦しい登りであるが、この登りの後には、大感動が待ち受けている。雲のない天気のいい日に登ろう。
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