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(植物と展望の写真はこのページの最下段に掲載してあります)

<2日目>
 寒さで目が覚めた。午前3時半。雨は降っておらず、テントがほんのりと明るい。シュラフの中にジャケットを引っ張り込んでくるまった。ウトウトしながら再び目が覚めると5時近い。周囲のテントから身支度の音が聞こえてくる。ジャケットを着込んで、テントから顔を出すと、真っ先に東の空に輝く眩しいほどの明けの明星が目に飛び込んできた。頭上に薄雲があるものの、周囲の山並がきれいなシルエットを作っている。カメラと三脚を持ってテントを出て、木道を高台まで歩いてカメラをセットした。

 五色ヶ原の広大な大地は、冷え切った青い空間の中に沈んで、まるで深い海の底にいるよな錯覚に陥る。東の空が次第に赤味をおび、針ノ木岳や烏帽子岳、そして南には槍ヶ岳の頭が影絵のように紺色に染まる。その稜線付近がカシスオレンジ色の帯を引く。紺色の空間が次第に青くなり、東の空が赤く色づく大パノラマに、時が動いていることを感じながら、この光景をどこかで見たような懐かしい気がした。子供の頃、初めて見たプラネタリュウム。天体ショーが終わり、夜が明け始める。頭上の星が姿を消し、朝焼けの中、周囲の山々が闇から浮かび上がってくる。まさに五色ヶ原は今、巨大なプラネタリュウム。夜が終わり、朝が来る。ここでは、大昔から毎日こんなに美しい大自然のエンターテイメントが繰り広げられている。人類誕生前の地球黎明期を思わせる景色を、指先が冷たいのも忘れて、呆然と眺めた。
 
 朝食前にテントをたたむ。雨で濡れたフライは水滴をはらってビニール袋に詰め込んだ。朝食は野菜たっぷりの味噌煮込みうどん。熱い緑茶が美味しい。鍋がなかなか沸騰しないと思ったら、makotoさんのストーブがガス欠といったハプニングも。makotoさんが顔に塗った日焼け止めクリームが白くなってインディアンのようになっていた。「これでインディアン!」とmakotoさん。このほかいつものように山ほどダジャレが飛び出したが、これしか記憶に残っていないのが不思議。
 
 いつの間にか、雲がわき上がり周囲の山は見えなくなり始めていた。周囲の登山者は次々と旅立っていく。出発予定時間より30分遅れて、7時半に出発。ガスが流れる草紅葉の五色ヶ原の木道を山荘には寄らず、五色ヶ原ヒュッテの方向に歩く。イワイチョウやチングルマの紅葉が緩やかな曲線の大地をセピア色に埋める。夏は花に埋まっているだろうが、草木が燃え尽きる前のこの時期もすばらしい。季節が移り変わるごとに色を変えることから五色ヶ原と言うのだろうか。木道に食い散らかしたハイマツの実がいくつも落ちていた。小動物やホシガラスの食事の跡のようだ。食べ残されたハイマツの種子はこうした動物によって土に埋められ、芽を出し、分布を広げる。動植物の不思議な関係が互いに命をつないでいる。
 
 濃いガスの中、無人のヒュッテを通過して立山へのルートに合流。白い実をたくさん付けたシラタマノキや赤茶色に紅葉したネバリノギランを見ながら、ガスの尾根を歩く。クロウスゴであろうか、和製のブルベリーもたくさん見られた。赤い谷を見ながら尾根を外れて、ザラ峠への斜面を下った。峠には何人かの登山者が休息中で、ちょうど団体さんが獅子岳から下りてきたところだった。
 
 ザラ峠をノンストップで通過。いよいよ標高差300mの登りにかかる。先は長いのでゆっくり登っていく。相変わらず濃いガスが斜面を覆う。タテヤマアザミの赤い花が頭を垂れている。梯子を登り、クサリ場を越え、ひたすら登る。先行するmakotoさんたちの歓声が聞こえた。振り向けば、濃いガスが消え、レースのベールを脱ぐように、ゆっくりと五色ヶ原が姿を見せ始めた。ミニチュアのような山荘とヒュッテが見える。今回は出番がないと思っていた中判カメラを取り出してシャッターを切った。
 
 歩き始めてすぐに急斜面に取り付いたこともあり、思ったよりも楽に獅子岳の肩まで登り切った。それでも約1時間かかった。雲の隙間から見える五色ヶ原を最後の見納めとして、獅子岳を目指して草紅葉の尾根を歩く。タカネヨモギが朝露に濡れ、真っ赤になったハクサンフウロの葉が美しい。獅子岳で先行のmakotoさんたちと合流。すっぱいグミを食べて、鬼岳を目指す。途中、赤ペンキに惑わされて道を誤りかけたが、無事、鬼岳南尾根のピークに出て、ここでも小休止。ミカンとパンを食べる。
 
 ここから岩場の難所を抜けて、東尾根ピークへ。目の前に鋭い岩の龍王岳がガスに煙っている。ここが最後の登りとなる。龍王岳の山頂目指して真っ直ぐに登り、途中から左にトラバースして稜線に出る。ここでもmakotoさんたちよりもかなりスローペースで登った。30分ほどで龍王山分岐点の稜線に出て、富山大学立山施設前の広場でmakotoさんたちと合流。ランチは遅くなるが室堂に到着してからとることにして、ここでコーヒーを沸かした。しだいにガスが切れて立山が姿を現す。さらに、北の雲が消えて剣岳が姿を現した。今回の山旅は、ガスの演出がすばらしい感動を与えてくれる。
 
 立山・剣の写真を取りながら、一ノ越へ下る。室堂から登ってくる軽装備の登山者と挨拶を交わしながら、大展望の道を歩く。目の前の秋色の巨大な雄山の頂上には雄山神社が見える。ゴールデンウィークに登ったときには神社の鳥居の頭だけが雪の上に出ていたことを思いだした。一ノ越山荘に到着し、室堂へのコンクリートの遊歩道を下る。登ってくる人、下る人が入り交じっており、室堂散策の観光客が多い。40分ほどでバスターミナルに到着。韓国からの観光客が多いのに驚いた。立ち食いの立山そばで遅い昼食。ビールが美味しい。このまま帰ることもできるが、雷鳥平でテント泊をもう1泊楽しむことにした。
 
 ここからは、観光気分。大勢の観光客の中、雷鳥平へ向かう。立山を映すミクリガ池が美しい。みくりが池温泉を経由して、遊歩道を歩き、雷鳥荘で地獄谷を見下ろす。春には雪の上を真っ直ぐにテント場に下ったが、この時期、遊歩道は雷鳥荘から時計回りに雷鳥沢ヒュッテの東を通りテント場へ続いている。バスターミナルから45分でテント場に到着。昨日の五色ヶ原のテント場とは違って、数十のカラフルなテントが張られており賑やか。トイレのある管理棟で受付。1人1泊500円。2年前の春に来たときには、このトイレの屋根の高さ以上に雪があったことから、建物の姿を見るのは初めて。
 
 ここでも2つ並べて張れる場所を探し、水場の近くで設営開始。設営途中で水はけの悪い場所であることに気が付き、隣の通路に近い場所へ移動。地面は平らで、ロープを固定する適度な石も多く、順調にテントを設営。まだ4時過ぎであり夕食には早すぎるため、温泉に行くことにした。温泉は徒歩数分の距離にある雷鳥沢ヒュッテやロッジ立山連峰で入ることができる。まず、女性2名が先に行くことに。その間、丸木のベンチでmakotoさんがバスターミナルで調達したビールを飲む。立山や奥大日など、美しい峰に囲まれた最高のロケーションの中で飲むビールは美味しい。下山してくる人、テントを張る人、夕食を作る人など、夕暮れ前の雷鳥平は活気にあふれている。
 
 女性軍と入れ替わりに、5時頃に2人で温泉に出かける。雷鳥沢ヒュッテまでは遊歩道を数分歩く。ヒュッテの受付で聞くと、意外にも温泉は満員で入れないと言われた。近くにあるロッジ立山連峰に電話を入れてもらったが、やはり満員だった。ロッジに行ってみたが、言われたとおり満員。ところが、今度はヒュッテで入れると言われ、情報が混乱しているようだ。もう一度ヒュッテに戻るとやはり満員だったが、6時過ぎなら入れると言われた。温泉の受付は7時まで。5時頃は、宿泊客が入るため混んでいるようだ。
 
 テント場に戻って、夕食にする。計画ではヒュッテで夕食をとる予定だったが、食材がたくさん余っていたので自炊にして、ドライカレーを作った。ホットバーボンやコークハイを飲みながら、いろいろな話題で話が尽きない。6時を過ぎたところで、温泉に行くことに。雷鳥沢ヒュッテの受付で入浴できることを確認。1人500円。シャンプーや石鹸は備えられている。温泉は貸しきり状態で、空き空きだった。地獄谷の隣の温泉だけあって、とにかくお湯は熱い。開けられた窓から入ってくる冷気が気持良い。
 
 温泉を出て、ホールのテレビで明日の天気予報を見る。不安定だが雨は降りそうにない。ヒュッテを出ると、真っ暗になった雷鳥平の東の空に、満月が薄雲ににじんでいた。テント場に戻っても、真っ暗な中で話は尽きない。タオルをヒュッテに忘れて、取りに戻るというハプニングも。暗闇の中、新室堂乗越から下ってくる単独登山者のライトが気になったが、無事下山されたようだった。
 
 寒くなってきたので、寝ることに。なかなか寝付けなかった。寝付く頃、仲間のテントを探す大声で再び目が覚めた。山屋の常識では考えられない出来事にびっくり。昨日の五色ヶ原で鳴いていた虫が、このテントサイトでも鳴いている。虫の音を子守唄に立山の懐に抱かれて、知らぬ間に眠りについた。

<3日目>
 周りのざわめきで目が覚めた。明るくなり始めた5時頃に外に出ると、立山に白い雲が流れている。天気はよさそうだ。朝食はカボチャのスープ、ツナマヨやキュウリのフランスパンオープンサンンド、缶詰、紅茶にコーヒーなど。朝食の後、テント撤収。バスターミナルまでは、地獄谷を経由して戻ることにした。地獄谷へは雷鳥沢ヒュッテの前を通って遊歩道を歩く。硫化水素など有毒ガスのため、地獄谷の遊歩道は季節や時刻により通行が規制される。

 遊歩道に入ると、道に水が湧き出ており、触ってみると熱い。温泉が湧いている。地獄谷からはあちこちで白煙が上がり、時折強烈な硫黄の臭いが鼻を突く。濃いガスの中は早足で抜ける。ガスが噴出する穴の周りに黄色い硫黄の塊ができているところもあり、まさに地獄。地獄谷を抜けて、みくりが池温泉への階段を登る。北に、地獄谷のガスを通して剣岳が望めた。階段の標高差は80mほどであるが、これが心臓破りの階段で息が切れる。
 
 ワレモコウやエゾムカシヨモギの花の写真を撮りながらバスターミナルへ。早朝のため、ほとんど待ち時間なしで高原バスとケーブルカーを乗り継いで立山駅に着いた。makotoさん、sumireさんとは、また一緒に登ることを約束して、観光客でごった返す立山駅で別れた。初めての重装備でのアルプス稜線歩きと、仲間と一緒のテント泊は思い出に残る楽しい山歩きとなった。makotoさん、sumireさんにはいろいろとお世話になり感謝。
 
 帰路、飛騨市の桃源郷温泉「ぬく森の湯 すぱ〜ふる」に寄って汗を流し、黒内果樹園の美味しいリンゴをたくさん買い込んだ。混雑する東海北陸自動車道を避け、ススキの揺れる初秋の国道156線をのんびりと道草しながら岐阜までドライブした。

★立山・五色ヶ原の植物



★立山・五色ヶ原の展望

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