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甲斐駒ヶ岳 (2967m 長野県) 2005.8.20 晴れ・曇り 2人
長衛小屋テント場(5:32)→仙水小屋(6:04)→仙水峠(6:42)→駒津峰(8:18-8:31)→鞍部・六方石(9:13)→甲斐駒ヶ岳山頂(10:00-10:13)→鞍部・六方石(11:00-11:18)→駒津峰(11:44-12:00)→仙水峠(12:49)→仙水小屋(13:16)→長衛小屋テント場(13:51)
*前日の仙丈ケ岳のレポートを見る
目が覚めると、まだ0時前。谷川の音が騒がしい。テントの中が異常に明るい。濡れたフライのファスナーを上げて外に這い出る。見上げれば、まぶしいほどの満月が頭上に輝いている。こんな明るい月は初めて見た。懐中電灯無しで十分に歩ける。しばらく空を見上げた。仙丈が雲一つなくその黒い稜線を見せる。この状況だと間違いなく明日は晴れそうだ。早起きをしよう。
携帯のアラームを4時にセットしなおした。明け方、少し寒くて目が覚めた。暑くてシュラフカバー無しで寝ていたので、カバーを広げて潜り込む。アラームが鳴る前に目が覚めた。まだ暗い。雲1つない空。テントから顔を出して、朝食の卵雑炊を作る。熱い緑茶に目が覚める。周囲のテントもざわめき始める。ザックに必要なものだけをつめて出発の用意をしていると、雲の固まりが流れ始めた。やはり天気は良くないかも。
甲斐駒ヶ岳へは、北沢峠から双子山を経由し駒津峰に至るルートと、テント場から仙水峠を経由して駒津峰へ直登するルートがある。当初、北沢峠から双子山経由で登る予定にしていたが、急遽仙水峠経由のコースに変更。仙水峠で天気が悪ければ、引き返すか栗沢山に登ることとした。
まずは仙水小屋の前を通り橋を渡る。大きな堰堤を左に見ながら川沿いを歩く。「仙水小屋30分」と書かれた小さな石碑が朝露に濡れてたたずむ。石碑に頭を下げて、いくつもの堰堤の脇を越えていく。堰堤を7つ数えたところで橋を渡って対岸へ。谷沿いの細道やロープ付きの岩場などを通過。暑いのでシャツを脱いでTシャツ1枚で歩く。シロヨメナ、キオン、サワギク、ヤマハハコなどキク科の花が目に止まる。
再び橋を渡って一登りで仙水小屋の前に出た。小屋の前のシンクに水が引かれており、この水が冷たくて実にうまい。小屋の裏の樹林帯の中にテント場があった。ここから針葉樹林帯の中を登る。うっそうとした林は苔むして美しい世界を作っていた。この美しい林間を写真に撮ってみたが、ストロボ無しでは暗くて手ぶれ写真ばかり。
気持ちよく歩いて針葉樹林帯を抜けると、今度は全く様相の違う世界が広がった。大きな岩が崩れて巨大な斜面を作っている。道はこの縁につけられている。まるでロックフィールドダムのすそ野を歩くようなものだ。一旦、樹林帯に入るがすぐにゴロゴロ岩の道に出る。この道がかなり続く。歩きにくいのなんの。飛び石をするように、浮き石に注意して歩く。道はあってないようなもので、時折赤テープがつけられている。丸くすり減った石が人の歩いた証拠。ガスの時には迷いやすいかもしれない。
後方を振り返ると、昨日歩いた仙丈ヶ岳が青空を背景に、頭に白い雲を乗せて緑色に輝いている。今日は、仙丈から甲斐駒がすばらしい姿を見せているに違いない。前方を数人の女性ばかりのパーティーが歩いている。この道で初めて出会った登山者。北沢峠からのコースに比べれば、ここを登る人は少ないようだ。皆さんが岩の上に登って記念写真の態勢に入ったところで追いついた。撮影を頼まれ、カメラを構えて驚いた。彼女達の後方には摩利支天が大迫力で迫っている。これを見られただけでもここまで来た甲斐がある。我々も岩の上でシャッターを切ってもらった。ホツツジが美しいピンク色の花を咲かせていた。
すぐに3人ほどの登山者が休息する場所に出た。仙水峠だ。右は栗沢山、左は駒津峰へと続く。雲は流れるものの、昨日のような状態ではない。この天気なら登る方向はもちろん左である。摩利支天と甲斐駒の一部が我々を見下ろしている。あそこまで登るのか。なんと高い。天気がいいうちに少しでも登ろうと、休む間もなく歩き始める。
道は急斜面の樹林帯の中をジグザグに登っていく。ここから駒津峰まで、標高差約500mの直登が始まる。今までのコースから一気に急坂になり、ピッチを掴むまで足が止まる。仙水峠で休息してみえた単独女性に追いつかれる。「この速さでコースタイムですよ」 軽快に登る女性の後を追う。ピッチを掴んで立ち止まることなくゆっくりペースで登るが、女性はあっという間に前方に姿を消した。とてもコースタイムのペースとは思えない。
針葉樹林帯に幅広くつけられた道をジグザグに登っていく。道は次第に狭くなり、周囲の木々も低くなってきた。道の脇に白い短冊がかけられた縄があった。甲斐駒ヶ岳の山頂には駒ヶ岳神社があり、その関連のものであろうか。ガレて歩きにくい場所も多く、足下を注意しながら登る。
峠から30分ほど歩いて明るい場所に出た。樹林帯が切れてテラスのようになった展望地である。仙丈ヶ岳が女王の出で立ちで悠々とたたずむ。仙水峠の向こうには栗沢山が大きい。その右の尖った頭は北岳。富士山の次に高い南アルプスの名峰である。その左には間之岳。長衛小屋のテント場が見下ろせる。雲が湧き上がり始めていた。これほど展望があるとは思わなかっただけにうれしい。
テラスで一息ついたら、先を急ぐ。急登は続く。左前方から摩利支天と甲斐駒が迫ってくる。やがて樹高は低くなり前方が開けてきた。展望もいい。後方から朝日に照りつけられて暑いが、時折吹き抜ける朝風が気持ちがいい。先ほどの女性が休息中。山が見えるうちにスケッチをしてみえたとのこと。余裕の登りである。
再び展望のいい場所で休憩していると、昨日、仙丈で出会ったテントが近くの三重県の男性2名が登ってきた。この後、お2人とは抜かれたり抜いたりと下山まで同じように歩いた。左手には双子山からの縦走路が見える。急斜面で駒津峰の山頂が見えない。ハイマツ帯を青い空に向かって登る。駒津峰までもうすぐと思いながら、なかなか着かない。GPSを見ながら後少しとハイマツの中を登り、ようやく駒津峰到着。
雲が湧き上がってきたとはいえ、すばらしい展望が広がる。双子山の向こうに仙丈ヶ岳が美しい山容を見せる。昨日歩いた稜線の登山道や馬ノ背ヒュッテの赤い屋根が見えた。栗沢山や北岳は既に雲に覆われている。バスで上ってきた南アルプス林道が緑の谷を縫っている。北には雲を分けて鋸岳が頭を出す。そして、東には堂々たる甲斐駒ヶ岳が金色に輝いている。昨日、薮沢からみた白いピラミッドが今、目の前にある。これだけ見られればもう十分に満足である。三脚にカメラをセットして甲斐駒をバックに記念写真を撮った。駒津峰にいくつかのザックがデポしてあり、どうやら空荷で甲斐駒をピストンする人もいるようだ。展望のいいうちに山頂を踏もう。
駒津峰から一旦下って展望のいい岩の痩せ尾根を歩く。正面に甲斐駒ヶ岳の勇壮を見ながら歩くこの場所は、甲斐駒へのルートのビューポイントベスト1。甲斐駒ヶ岳山頂に至る直登ルートの石稜が山頂に向かって真っ直ぐ伸びている。これからあそこを登るのかと思うとワクワクする。なだらかな尾根歩きから一気に下る。岩の崖になったような所もあり三点支持で下りる。帰りの登りがきつそうだ。
急降下して下りきったところで、直登コースに備えてストックをザックに縛り付けた。ここで駒津峰に三脚を忘れたことに気が付いた。それも三脚を立てたままで・・・。ちょうど下山してみえた方に隅に置いてもらうように頼んだ。(帰路、回収しました。ありがとうございました。)
ここから岩を乗り越えて大岩が折り重なった鞍部に出た。これが六方石と呼ばれる岩であろうか。ここにもたくさんのザックがデポしてある。往復2時間、雨は降りそうにないので我々もザックをデポ。デポするならストックをしまうこともなかった。
直登コースは目の前の岩場を登っていく。もう1つのコースは砂礫のコースで直登コースの右にある。帰路は砂礫を下ることにして、直登コースに取り付く。登り口の岩に「直登→」の赤いペンキ文字。三点支持を守ってアスレチックのようによじ登る。岩は花崗岩でざらざらしており滑りにくい。岩の感触がエアーズロックの岩肌に似ており、昨年のオーストラリアを思い出す。かなり段差のある岩もあり空荷でもよじ登るのに苦労。
次から次へと登山者が続き、難所では渋滞ができる。疲れたら、岩の上に座り込んで後方の駒津峰を眺めながら休憩。右下の砂礫の道を登る登山者がよく見える。ルートはやや右にカーブしていく。途中、岩場の途切れる場所もある。見上げれば山頂の大岩が近づいてきた。岩登りがいやになった頃、砂礫の道になり尾根に突き当たる。甲斐駒山頂は左手奥のピークのうようだ。折り返すように砂礫の道をジグザグに登る。苦しい登りであるが山頂まで後わずかと休まずに登る。
砂の上に巨大な岩が乱立する甲斐駒山頂に到着。ここまでたどり着けると思わなかっただけに、感動は大きい。消えかけた山名表示板の前で写真を撮ってもらう。もう1枚は別の標識の前で。駒ヶ岳神社をぐるりと回る。時折、雲に包まれるが、すぐに晴れて今歩いてきた駒津峰からの稜線の道や砂礫の道、摩利支天などがすばらしい。昨日のリベンジをここで果たすことができた。仙丈ヶ岳は白い雲に頭を隠す。
神社に手を合わせたら、帰路は神社の道から砂礫の道に入る。砂礫の道を辛そうに登ってくる登山者に道を譲りながらすぐ東のピークまで下りる。南からものすごいスピードでちぎれ雲が流れてくる。気持ちのいい風がうれしい。ここから摩利支天を見下ろしながらジグザグに砂礫を下る。摩利支天の左側から濃い雲が湧き上がり稜線より右だけがきれいに見える。中判カメラのシャッターを切りながら下った。岩場を下りる所もある。
登山者が歩くだけでも砂が落ちていく。砂は花崗岩が雨や雪で風化してできたもの。風化の遅い固い岩が残って地面から突きだしている。崩壊が続き、何年も先には山の形も変わり、標高も低くなっていくだろう。
直登コースを登る登山者がよく見える。道は黄色い砂場をトラバースして駒津峰方面に向かう。摩利支天の分岐点を通過。標識は倒れていた。バスの時間が気になったので摩利支天には寄らずに六方石を目指す。道脇にまるで杭を打ち込んだように岩が一直線に破線を作っている。砂礫の流亡を防止するために人工的に作られたものかと思ったが、よく見るとこうした岩の列が斜面にも見られる。列が交差したものもある。地層の固い部分が取り残された自然の芸術のようだ。
北沢峠方面の深い谷から白い雲が湧き上がり緑のキャンバスに綿模様を描く。雲から頭を出した駒津峰へ続く尾根を見ながら直登コース登り口の手前で少し登り返して六方石の広場に到着。振り向くと甲斐駒にガスがかかりはじめていた。単独峰でガスがかかりやすい山であり、午前中の早い時間に登るように言われていたが、やはりそのとおりのようだ。
六方石でランチにする。まだ11時。テントをたたむ時間を見込んでも4時の最終バスには十分に間に合うため、ここでラーメンでも作ろうと思っていたが、暑いこともありパンにポカリスエットの簡単な行動食でランチを済ませる。大勢の登山者が次々に登ってくる。7時半に到着した1番バスの人たちのようだ。
ザックを背負い駒津峰を目指す。きついと思った登返しもさほどでもなく、岩尾根では雲上散歩を楽しみながら駒津峰に着いた。ここでも大勢の登山者がお弁当を広げていた。再び三重県の男性2人に出会う。2人を追って下り始める。双子山経由のルートを下っていると思っていたが、かなり下ったところで往路と同じ仙水峠コースであることに気が付いた。記憶は実にあいまいなもの。周囲の状況が登りとは全く違っていたので2人とも双子山への道と確信していたのだが・・・。栗沢山が正面にあったのでおかしいとは思いながら、どこかで方向を変えるだろうなどと勝手に考えていたのが間違い。降り口の表示確認とGPSのこまめなチェックは必要とよい反省になった。
それにしても、こんなに急坂をよく登ってきたと思うほどの道が続く。仙水峠まで一気に下り、ゴロゴロ岩を歩いて仙水小屋で冷たい水で喉を潤した。テント場へ着く頃、周囲の山はすっかりガスに包まれ、雲行きも怪しくなってきた。最終バスまで2時間あったのであわてることなくテントをたたむ。テント内の荷物を外に出して、フライを外したとたん、雨が降り始めた。もう少し遅いとよかったのだが・・・傘をさして、フライを荷物にかぶせて空を見上げる。運良くすぐに雨は止んだが、フライもテントもずぶ濡れ。まあ、良しとしよう。濡れたテントをビニール袋に押し込んでパッキングしテント場を後にした。
重いザックを背負って歩き始めると、三重県のお二人とまたまた一緒に。「3時のバスですか?」「え! 3時にバスがあるの!」時計を見ると3時15分前。北沢峠までトリカブトやレイジンソウを見ながらヨロヨロと歩いて、ちょうど扉の開いたバスに乗り込み、最後部で重いザックを抱えた。甲斐駒ヶ岳は仙丈とは異なり実に男性的で登頂意欲をかきたてる山だ。峠を挟んでこれほど対照的な山はないだろう。和食と洋食を一度に楽しんだような今回の山旅であった。
エンジンブレーキの騒音を子守歌に仙流荘バス停までウトウトとした。バスを下りて充実感に満ち足りて駐車場まで歩いた。あまりの満足感に下山届けを出すのを忘れてしまった。靴を履き替えていると再び激しい雨が降り始めた。雷鳴が響く。土砂降りの中、仙流荘まで車を走らせ、温泉で汗を流した。いい湯だった。
帰路、南アルプス道の駅に寄ってリンゴやモモを購入。仙丈ヶ岳の花の本があったので購入。仙丈で見た花がほとんど掲載されている。ベーカリーが併設されており、ここの焼きたてのパンがたいへん美味しかった。いつの間にか雨は止んでいた。今日はまともに食事をしていないので、高遠で蕎麦でも食べることにした。
「山岳救助を?」
「もう引退の年ですが、先日も3時頃電話が入って、双子山の近くで骨折した登山者を救助に行きました。ヘリが飛べなかったので・・・」
「今日は甲斐駒に登ってきました。いい天気でした。」
「甲斐駒は直登コースが正式な道。砂礫の道はガスの時に沢に迷い込みやすい。摩利支天への標識はまだ倒れていましたか。山梨県には言ってあるんですが・・・」
蕎麦屋のご主人から仙丈ヶ岳の地図やパンフレットをいただいた。差し出された名刺には山岳救助隊副隊長の文字。
「いらっしゃい!」
「生ビール!」
一人の常連客がカウンターに座った。店の奥さんとの陽気な会話が広がった。我々もカウンターでビールを飲みながらもっと山の話を聞きたいと思った。おいしい蕎麦と山の話に礼を言って店を出た。店の名前は「華留運」。「ケルン」と読む。この名前の由来も教えていただいた。仙丈リベンジの折にはまたここへ寄ろう。
青紫に暮れていく空を覆い尽くすような駒ヶ岳の大きな黒い山容を見ながら帰途についた。
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