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仙丈ヶ岳 (3033m 長野県) 2005.8.19 曇り一時小雨 2人
長衛小屋テント場(8:10)→仙丈ヶ岳2合目コース登山口(8:15)→北沢峠への分岐(8:26)→2合目・北沢峠コース合流(8:44)→4合目(9:26)→大滝頭(9:46)→森林限界(10:10)→小仙丈ヶ岳(10:54)→仙丈ヶ岳山頂(12:15-13:08)→仙丈小屋(13:23-13:36)→丹沢新道分岐(14:06)→馬ノ背ヒュッテ(14:10-14:21)→5合目・薮沢小屋分岐(14:33)→橋(15:22)→滝見台(15:29)→大沢小屋(16:10)→北沢峠(16:28)→長衛小屋テント場(16:38)
桜の名所高遠は小さな町だ。遠雷が響く中、高遠城址近くの小さな蕎麦屋ののれんをくぐった。不意の客に店主があわててコップに水を注いでくれた。シルバーグレーで背の高い紳士はこの小さな蕎麦屋の主人には似合わないと思った。
ここでしか食べられない高遠蕎麦を頼むと、すぐに薬味と2つのつゆが運ばれてきた。薬味の小さな皿には角切りの味噌が添えられている。
「こちらのつゆにはこの焼き味噌に薬味を入れて召し上がってください。こちらはサワグルミで作ったつゆです。」
主人の説明に耳を傾けながら、店内を見回すと、古いピッケルやアイゼン、そしていくつかの山の写真が飾ってある。ふとカウンターの上にある写真が目に留まった。仙丈ヶ岳とある。台形の稜線は仙丈に見えない。
「どこから撮った写真なのだろう・・・」
「これは飛行機から撮った写真ですよ。」
「昨日、仙丈に登ってきたんですよ。」
「花は秋の花に変わっていましたか? 仙丈は花の山。春、雪解けの後、ミヤマキンポウゲとコイワカガミが一斉に花を咲かせ、黄色とピンクの道が山頂まで続きますよ。秋にはウラシマツツジの紅葉がすばらしい・・・。」
「薮沢にはたくさんの花がありました。山頂はガスで展望が無く、また、登ろうと思ってます。」
「そう、山は逃げませんから・・・」
テーブルの横に山岳パトロールや救助隊の腕章が輝いていた。
今年の夏山は迷いに迷った。当初は薬師岳や笠ヶ岳を考えていたが、昨年は夏のテント泊ができなかったので、今年はどうしてもテント泊がしたいと思った。山行の日程は2日しかとれない。手軽にテン泊ができて、3000mを歩ける山として、仙丈ヶ岳を選んだ。天気と体力と気力の都合によっては甲斐駒ヶ岳も欲張れる。
町内の盆踊り大会の準備・運営に奔走し、今回の計画はらくえぬにまかせた。前日にテントをザックに詰め込んで、GPSに地図を転送して仕事を終えた18日の午後8時半頃に家を出た。出がけに高速道路情報をチェック。一宮付近が渋滞だったため美濃市経由で東海環状自動車道を経由して中央道に入り、大型トラックに混じって北上。伊那ICを出て南進し、「高遠」の標識を追いながら伊那市街を抜けて高遠の城下町へ。
高遠城址を右手に見ながら次の信号交差点を左折してトンネルを抜ける。長谷村に入り、道の駅を左に見ながら一本道を走る。赤い橋が現れた所で仙流荘の標識に従って左へ。岐阜から3時間ほどで仙流荘の駐車場に着いた。駐車場の隅にはプレハブの仮眠室が作られているが、寝慣れた車の中のエアーベットで寝る。
仙流荘から北沢峠行きのバスは6時30分が始発。5時頃起きて朝食を済まし、靴を履き替えた。平日でありバスを待つ人はそれほど多くはない。チケットは片道が1100円+荷物料金200円。往復を購入。バスはマイクロであり、積み残しが無いように配車される。今回は2台で乗り切れた。
マイクロバスであるため、荷物は膝の上に置くことになる。テントモードのザックを抱かえての1時間は視界もなく結構辛い。それでもバスの運転手さんが車窓から見える山や植物、動物などを実に丁寧に解説していただき退屈しない。わざわざバスを停めて見せていただいたレンゲショウマの花にはちょっと感動。
「南アルプスの女王 仙丈ヶ岳です」 見上げると、雲を従えた女王が美しい稜線を見せる。仙丈ヶ岳はあこがれの山であった。学生時代にサークルで初めて登った夏山は八ヶ岳。次の年には仙丈ヶ岳であった。しかし、この年の夏休みは全期間を北海道でのアルバイトにあてたため、仙丈は行きそびれた山となった。いつか登ろうと思いながら、あれから30年がたった。明日、あの山頂に立つことができると思うとうれしい。
大平小屋を過ぎるとすぐに北沢峠。テント場のある長衛小屋は山梨県側に下り、左の側道に入ると10分ほどで着く。「kuの山小屋」の住人であるベッカムさんが昨日からお父さんとテント泊していたのだが、すでに甲斐駒に出発しているので会えなかったのが残念。
川沿いにテント場があり、十数張りのテントがあったが、スペースは十分。小屋で幕営料一人500円を払って川沿いにテントを設営。地面はきれいに均されており、ペグを一本も使うことなく、石で固定して簡単に設置できた。シュラフなど山歩きに不要な物をテントに放り込んで、予定よりも早く8時過ぎに出発。仙丈方面の山に白いガスがかかり始めていたのが気がかり。
北沢峠への道を引き返し、バス道に合流したところに「仙丈ヶ岳2合目コース入口」の標識。本来のコースは北沢峠から尾根につけられているが、ここから登ると2合目で本コースに合流する。後に蕎麦屋さんのご主人から、峠からのコースはいきなりの急登であるが、ここからのコースは比較的なだらかで足慣らしにはちょうどいいと聞いた。
ここからコメツガやシラビソなどの針葉樹林に入る。針葉樹のオイルの香りは夏山の魅力。深呼吸をして今年も夏山に来られたことに感謝。登山口から10分ほどで北沢峠への道と合流。最初は、もう2合目に着いたのかと思ったが、北沢峠の少し山梨県寄りにもう1つ登山道があり、どうやらそこからの道らしい。先は長い。カニコウモリやセリバシオガマ、アカバナ、イチヤクソウなどの花を見ながら、ゆっくりゆっくり登っていく。道はなだらか。苔むした林床には、マイズルソウが葉を広げており実に美しい。倒木も苔に覆われている。
登山口から30分で2合目に到着。本道に合流。さすが本道、尾根伝いの道は広い。北側から濃いガスが流れてきた。なだらかな尾根はしだいに急になった。2人連れの男性に追い抜かれた。同じバスに乗っていた人達で、我々のテントの近くに幕営して、一足先に出発した2人であった。セリバシオガマやアキノキリンソウに癒されながら展望のない樹林帯を登る。
1時間ほど歩いて尾根にある広場で休憩。先ほどの2名の男性が休息中。後に聞けば、三重県からの2人で、我々と全く同じコースで1泊2日のテント泊であることが分かった。パンを食べてエネルギー補給し歩き始める。下山してくる2人の女性と出会った。昨夜は大平山荘で泊まったとのこと。山頂はガスで何も見えなかったのですぐに下山したそうだ。9時半前に山頂経由でここまで来るとは、なんと速いことか。問いかけに「小屋を早く出ましたから」との返事。帰路、大平山荘まで歩いて、その距離を知ったとき、この女性のスピードに再び驚かされた。
岩場の急登が続く。足も慣れてピッチを掴んだのでそれほど辛くはない。4合目を通過し、右山で斜面をトラバース。ピンク色の美しいシオガマはトモエシオガマだ。明るい斜面に出ると、マルバタケブキやソバナなどが緑の中に点在する。再び明るい尾根に出て、針葉樹の背丈が低くなる頃、5合目の大滝ノ頭に出る。数人が休息中。ここから右の道に入れば薮沢新道に通じる。
下山してくる人が増えてきた。ガレた急登が続く。岩を乗り越えるようなところもある。シラビソやダケカンバの背丈が低くなり、ハイマツの尾根に出た。森林限界である。濃いガスで展望はないが、時折、前方の山がちらりと顔を出す。先ほどから時折落ちてくる小雨が気になったが、まだ雨具を出すほどではない。本格的に降らなければいいが・・・。
ゆっくりしたペースで歩く大柄な単独男性を追い抜いた。後日、この男性はHP「我が道を行く!」の管理人wolfgangさんであることが分かった。詳細に書かれたレポートは読み応えがあり、お気に入りのサイト。この仙丈ヶ岳レポートもぜひご覧いただきたい。(リンクのページからどうぞう)
ハイマツの中、ジグザグの登りが続く。今、仙丈はトウヤクリンドウが旬。地味ではあるが好きな花だ。小雨は降ったり止んだり。ザックが濡れはじめたのでザックカバーをつける。雨具は暑いので、もう少し我慢。ミヤマホツツジやゴゼンタチバナ、蕾のリンドウはミヤマリンドウか?
急登を登り終えてなだらかな道をハイマツやダケカンバに埋もれて歩く。ガスの中、前方にピークのシルエット。小仙丈である。岩の積み重なった山頂でセルフタイマーを切った。展望は全くないので数分で山頂を後にして、岩場を下る。前方にはノコギリのようにいくつかのピークがガスの中に見える。赤いペンキの矢印に従って登り返す。なだらかな起伏が続く。
チングルマの群落を通過。花の終わったチングルマは渦巻きの毛を広げ、水滴がついて美しい。こんな天気にしか見られない。左側が開け、大きな斜面が切れ落ち、斜面に沿ってガスが駆け上ってくる。足下のウサギギクがかわいい。再び岩場の下り。そして登り。腹も減ってさすがにバテてきた。雨も本格的に降りはじめたので雨具の上着のみを着た。昨年の別山のイメージが重なった。
GPSで地図の倍率を変えながら山頂までの距離を確認する。まだ少しある。クッキーでエネルギー補給。前方に大きなピークが霞む。右山で岩を登る。ミヤマコゴメグサ、チシマギキョウ、タカネヒゴタイ、トウヤクリンドウなど、この時期でも思ったよりもたくさんの花がある。下山者から「後、7・8分ですよ」との声。ガスで視界は30m。前方にぼんやりと丸い岩の壁が見える。再び稜線歩きとなる。左側に落ちる崖にはミネウスユキソウやイブキジャコウソウが見られた。真っ赤に染まったオンタデの花も美しい。
ピークを越えて、前方に再びピーク。どうやらこれが山頂のようだ。ひと登りして山頂到着。ほぼ4時間かかった。ガスの山頂には誰もいなかった。とりあえず山頂を踏んだ証拠写真を撮る。小雨が降ったり止んだり。昼食場所は仙丈小屋に下りてからにしようと思ったが、すぐに撤退するよりもこの天気に少しでも抵抗しようと、山頂でランチをとることにした。
風の無い北側の岩陰で、ガスカートリッジを2つ並べてラーメンを作った。確か、先月の乗鞍もラーメンだった。刻んで持ってきたネギをたくさん入れて作ったネギラーメンが美味しかった。北斜面は切り立った崖。その縁でのランチはガスがなければ足がすくむであろう。登ってきた登山者はすぐに下山していく。こんな状態の山頂でラーメンを作る者など誰もいない。
ランチが終わる頃、小仙丈の手前で追い越した単独男性(wolfgangさん)が到着。wolfgangさんも岩陰で昼食のようだった。山頂での昼食は我々だけではなかった。うれしかった。雨が降り始めたので、急いで片づけて仙丈小屋方向へ下る。山頂から岩場をジグザグ下りて木で補強した階段を右に曲がっていく。緑色のロープが張ってある。
仙丈小屋の表示に従って稜線を離れ、発電機の音が聞こえ始めると、ガスの中から小屋が現れた。裏手に回ってトイレを借りる。雨は相変わらず降ったり止んだりであるが、この先、下草でズボンが濡れることが予想されたので、ここで雨具のズボンをはく。小屋を後に、ロープに沿ってウサギギクやモミジカラマツ、トラノオなどの咲くお花畑を下っていく。道は掘り割れて、両脇からハイマツやダケカンバが周囲を覆う。
晴れていれば見晴らしのいい尾根を通過し、テント禁止の表示を見ながら、ハイマツ帯を緩やかに上下する。まだハクサンシャクナゲが咲いている。やがて尾根をはずれて谷のようなロープ付きガレ場を下る。雨に濡れたベニバナイチヤクソウが潅木の下でひっそりと咲いている。丹沢新道と薮沢新道の分岐を通過。馬ノ背ヒュッテまで5分の表示。
ここから薮沢に向かって下る。この辺りのダケカンバの斜面はすばらしく気持ちがいい。マルバタケブキやハクサンフウロが咲く斜面を歩いてすぐに発電機の音。正面に茶色い馬ノ背ヒュッテが見えた。ヒュッテで雨具の上着を脱いだ。空が次第に晴れ、いつしか回りのガスはすっかり消えている。朝、登ってきた長い尾根が正面を横切る。右に尾根を追えば、ガスの合間から仙丈の山頂が顔を出す。この時間になって晴れるとは・・・今日の女王さまは意地悪だ。どうせなら、最後まで晴れないほうがあきらめもつくのだが・・・。
薮沢まで下る途中でせきすいさんが道を誤って薮沢小屋のルートへ入り込んだことを思い出した。GPSをチェックして分岐点がないか注意しながら沢まで下りた。そこに5合目の表示と薮沢小屋への表示。薮沢新道は大平山荘の表示に従って谷を渡らずに左岸を歩く。
谷を下り始めて、花の多いことに驚いた。今まで見てきた花はもちろん、タカネグンナイフウロやミソガワソウ、シナノオトギリ、タカネナデシコ、ダイモンジソウ、ミヤマミミナグサ、コウゾリナ、ヤマブキショウマ、サラシナショウマ、ヤナギランなど書ききれないほどの花が次々に現れる。標高が下がるにつれて花の種類も変わってくる。谷川の音を聞きながら、花の道を下る。さすが仙丈、この時期でも花の山である。ひらひらと黒い蝶が足下の地面に止まった。前翅のオレンジ色の斑紋が美しい。久しぶりに見るベニヒカゲだ。何人かの登ってくる登山者とすれ違った。仙丈小屋での宿泊組のようだ。
足下の花に気を取られて、ふと前方を見ると、綿を散らしたように雲が消えていく。その向こうに、ゆっくりとピラミダルな山容。摩利支天を右に従え、白い頭。まぎれもなく甲斐駒ヶ岳である。スモークの中から主人公が現れる映画のクライマックスのように、すばらしい演出で甲斐駒ヶ岳が姿を現した。立ち止まって、雲が完全に消えるのをしばらく待った。今日は使わないと思っていた中判カメラをザックから引っ張り出してシャッターを切った。女王さまは我々を見捨てなかった。花の咲き乱れるV字の逆三角形の谷に、甲斐駒ヶ岳のピラミッド。なんと美しい構図であろう。ひたすらガスの山を歩いた後だけにこの感動は大きい。
滑りやすい岩場を下りて、橋を渡り右岸へ。既に甲斐駒ヶ岳は右手の山に隠れ、今度は鋸岳の荒々しい稜線が見え始めた。深い谷を見ながら、細道を慎重に歩いて、樹林帯へ。すぐに「そっとのぞいてみてごらん」と書かれた滝見台が現れる。覗いてみると、谷にある薮沢大滝が望めた。
急峻な樹林帯の斜面をジグザグに下る。樹間から甲斐駒や手前の双子山が望める。明日、甲斐駒に向けてもう一度、今日のような山歩きをするのかと思うと、ちょっとその気になれなかった。昨日の天気予報では明日のほうが天気は悪い。おそらく今日のようなガスであり、甲斐駒は次回にと思った。樹林帯で登ってくる単独女性に出会った。馬ノ背ヒュッテまで行くという。まだ日が長いから大丈夫であろう。
雨後のしっとりした樹林帯はすばらしい。下草も豊富だ。キソチドリは花が終わっている。遅咲きのギンリョウソウが見られた。また、フタバランと思われる白いかわいいランも見られた。
30分以上樹林帯を歩いて、足がガタガタになった頃、ようやく大平山荘に到着。山荘の前を南アルプス林道が走っており、ここで下車することもできるが、下山時にここでバスに乗ることはできない。ここから林道を歩かずにショートカットして北沢峠に至る山道に入った。当然、峠までは登り道。さすがに、最後になっての登り坂は辛い。坂ですぐに何度も立ち止まっては2人で顔を見合わせて大笑いした。山荘から峠までの20分弱が今日、一番きつい所だった。ビール、ビールとい言いながらやっとのことで峠にたどり着いた。
長衛荘の前は多くの宿泊者で賑わっていた。すでに4時の最終バスは発車した後であり、バスは見当たらない。峠からバス道をだらだらと下って、テント場にゴール。ザックを下ろして長衛小屋で缶ビールを調達し、テントの前で乾杯。展望は無かったものの充実感に満たされていた。仙丈は何もかも包み込んでくれるようないい山だ。展望の良いときにまた来よう。
春の立山以来のサバ缶鍋を作った。野菜と唐辛子をたくさん入れた鍋をつつきながら飲むビールが最高に美味しかった。ワンゲル部であろうか、大きなテントからこぼれる女子学生たちの笑い声を聞きながら学生時代が懐かしく思い出された。しだいに暗くなっていくテントの天井を見上げながら眠りに落ちた。その夜、花のV字谷と甲斐駒の三角形が夢に現れた。明日の天気は・・・。
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